第194話 守り手④

「どけクロードっ!! さもなくば私も本気でヤルしかないぞっ!!」


 元一のピンチに血相を変え、アルテマが牙を剥く。

 そんな彼女に「望むところだ」と嬉しそうに目を細めるクロード。


 それぞれの事情は知っている。

 真子を連れ去ったのはアルテマたちではない。

 おそらく難陀なんだの仕業なのだろう。

 怨霊季里姫との戦いで大体の話は聞いていた。


 魔法矢のカラクリも見抜いていた。

 聖騎士であるクロードは、敵対する悪魔の力を見誤るとこはない。

 組員たちは眠らされているだけだ。

 アルテマがそのことに気付いていないのは、恩人の犯した罪に動揺したか、それとも幼児化で感覚が鈍くなっているかのどちらか。


 おそらく両方だなとクロードは推測した。

 かつて、異世界にいたころのアルテマの強さはまさに鬼畜。

 人には言っていないが、何度か泣きそうになったこともあるくらい。

 それほど優れた魔力と技。なにより戦いに関する〝勘〟か優れていた。

 しかしいまのアルテマにはそれが微塵も感じられない。


 ――――いまなら勝てる。


 もはや何敗したかわからない宿敵(?)相手に、初勝利を刻めるチャンスがまさにいまなのだ。

 停戦の約束はたしかにあるが、このチャンスを逃す気はない。

 偽島の娘のことも気がかりではあるが、いまはまず、目の前の勝利を拾わせてもらおう。

 そんな欲望に取り憑かれし聖騎士に、魔剣を低くかまえ突進してくるアルテマ。


「クロード!!」

「きたな? ではこの一騎打ち、成立したと解釈するぞ?」

「上等だっ!!」


 あせりと怒りに冷静さを欠いて、無防備に向かってくるアルテマ。

 魔剣と化した竹刀で砂利を削って飛び込んでくる。

 どうやらこちらの懐に潜り込み、下から剣を斬り上げようと魂胆だろうが、それもクロードは完全に読んでいた。


「身丈の無いものほどそれを逆手に利用しようとするが、お前の剣技はそうではなかったはずだぞ?」


 おそらく、縮んでしまった手足の不利を補うため、本能的にそんな戦い方になっているのだろうが所詮そんなものは付け焼き刃。


「あまいぞっ!!」


 ――――ギガキャシュゥゥゥゥゥンッ!!!!


 待ち構えていたクロードは、それでも一つフェイントを入れ突っ込んでくるアルテマの動きを冷静に見定め、十分に引き付けたうえで懇親の打ち下ろしを叩き込んでやった。


「ぐぁっ!???」


 遥か頭上より叩き下ろされた聖剣の強撃。

 かろうじて魔剣で受け止めたものの、その圧に、抗う間もなく膝が挫いてしまう。

 魔力の差で、魔の加護も吹き飛ばされてしまった魔剣はただの竹刀へと戻り、バラバラに分解されてへし折れてしまった。


もろい……。やはり弱くなっているなアルテマ」


 すべての勢いを一撃で粉砕されたアルテマ。

 うずくまる彼女に容赦のない追撃が襲いかかる。


「ぬんっ!!」


 ――――バキャッ!!


 横殴りの剣撃!!

 残った柄でそれを受け止める。

 加護のかけ直しがギリギリ間に合い、なんとか防いだが、ダメージは小さな体を突き抜けていく。


「ぐっ!??」

「まだまだ」

 

 返す刀を振り下ろす。

 ――――バキィ!!

 これもなんとか止めるが、また加護が破られ、柄すらも破壊されてしまう。

 衝撃で地面へと転がるアルテマ。


 ――――どごんっ!!


 丸まる背中をクロードの足が強く踏みつけた。


「がぁっ!??」


 小さな体に過剰な衝撃。

 アルテマはたまらず呻きをもらすが、


「……まだだ。かつてお前に受けた恥辱はこんなものではなかったぞ?」


 復讐の快楽に飲まれる聖騎士。

 その目はすでに聖職者の輝きなど消えてしまっている。


 しかし、そんな闇堕ちしかかっている聖騎士バカに――――、


「――――アモンッ!!!!」


 窮鼠きゅうそ猫を噛む。

 カウンターの黒炎がアルテマの手より吹き上がった。


「ぬっ!?」


 勝ち溺れた相手に、至近距離からのカウンター。


 これは絶対かわせない。

 正真正銘全力、手加減無しの超高温爆裂黒炎アモン!!

 並の兵士なら即死。

 跡形もなく燃やし尽くすこの爆炎。

 クロードならば死ぬことこそはないかもしれないが、再起不能はまぬがれない。


 一騎打ちと言ったのはお前だ、恨みは言うなよ?

 ハナからこれが狙いだったんだ。

 能力で勝てない(今は)相手に勝つには、頭を使って罠をはるしかない。

 勝ったと思った瞬間こそがそのタイミングなんだよ。

 

 してやったぞ、と笑うアルテマ。

 しかし次の瞬間、それが驚きに変わった。


「――――ラグエル」


 ――――ドゥボバァァァァアアァァァッ!!!!


 あらかじめ片手に灯し、隠していたラグエル。

 クロードはそれを盾代わりに、放たれたアモンを、まるで噴水を塞ぐかのように押し付け四散させた。


「な、なにっ!??」

「弱った貴様の魔力など、俺の聖気にはオモチャも同然。無駄なあがきだったなアルテマ」


 アモンでラグエルを防げるのなら、逆もまたしかり。

 散らされ、かき消された爆裂黒炎アモン

 一時的な魔力を出し尽くし、意識朦朧もうろうとなりかけているアルテマの横腹に、


 ――――どごっ!!!!


 痛恨の回し蹴りが打ち込まれた。


「ぐふっ!??」


 ゴロゴロ――――どしゃあっ!!


 砂利の上、衝撃でよだれを垂れながら吹き飛ばされる。

 息が詰まる。それでも起き上がろうとするが、いまの一撃、この身体にはことのほかダメージが大きかったらしく、足も腕もしびれて動かない。


 ザ、ザ、ザ、ザ。


 そこに悠然と歩いてくるクロード。

 アルテマの襟首を掴むと、その身体を片手で軽々と持ち上げてみせた。


「……うぅぅ」


 体力も尽き、深いダメージを負ってしまったアルテマは、それに抵抗することもできずに、ただ力なく吊るされる。


「……本来ならば、ここでトドメを刺してやるところだが。いまはただ雌雄を決するのみの戦い。……殺すのだけは勘弁してやろう」


 完全に勝負あったと確信したクロードは、最後のケジメにと一つの呪文を唱えはじめた。


『聖なるかぜよ、猛々しき審判者よ。愚者に天罰を――――』


 それはクロードのもう一つの攻撃魔法。

 神が創造し自然の力を借りた竜巻魔法『ザキエル』だった。

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