第186話 本気
「すんかすんか、すんかすんか!!」
アニオタが小さなシューズを持ち上げて、鼻をすんかすんかさせている。
「でかしたぞアニオタ。これは重要な手がかりだ」
それを受け取ろうと手を伸ばすアルテマだが、しかしアニオタは渡したくないと口に咥えて逃げ出した。
今朝ヨウツベが血相を変え、集落のみなを叩き起こした。
何事かと事情を聞いたら、また観察用カメラに人が映ったという。
時刻は今日の午前3時頃。
映ったのはパジャマ姿の小さな女の子だった。
新たな生贄、それも年端もいかない少女が犠牲になったと、蹄沢は大騒ぎになった。
少女はいったい誰なのかと映像を何度も解析していたヨウツベたち。
しかし安物のカメラだったのでなかなか顔は判別できなかった。
そんなとき、アニオタの個人スキル『幼女追跡』が発動。
わずかに残った匂いを辿って、河川敷のほとりに少女が落としたであろうシューズを見つけたのだ。
「まて、アニオタ!! ――――アモン!!」
――――んボッ!!!!
「ぎゃああぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっで、ござるぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
ご褒美を取られまいと犬のように逃げるアニオタを、アモンの炎で容赦なく焼き上げるアルテマ。
こんがりミディアムレアになったアニオタからシューズを奪い取った。
「……いきなり発動したね……犯罪者ギリギリのスキルが……アルテマちゃん、もっと焼いてあげても良かったのに」
「……まぁ、一応お手柄ではあったからな。悪用するようならば今度は芯まで火を通してやろう」
丸焼けのブタみたいに砂利の上に転がっているアニオタ。
それを汚物のように眺めつつ、ぬか娘たちはアルテマとともにシューズを観察した。
するとすぐ、内側に名前が書かれているのが見つかった。
「……偽島…………
どこかで聞いた名字に、集まった全員が首をひねった。
「偽島……?」
「といったら……」
「うむ、そんな珍しい名前、ここらじゃ他にはおらん……」
注目してくる若者たちにそう答える元一。
これは……ちょっと大変なことになったぞ、とみなが顔を合わせる。
そんなとき、対岸から聞き覚えのある大声が届いてきた。
「お前たちにぃぃぃぃぃぃ!! 聞きたいことがありますっ!!」
そう大声を上げたのは、荒くれ組員たち一群のなか奮然と立つ、偽島誠だった。
「なんじゃ、いきなり。大勢で押しかけおって……」
対岸の広場には、偽島を先頭に100人ほどの組員たちが集まっていた。
元一はそれらを睨みつけるが、要件はだいたい察しがついていた。
偽島は余裕なく、動揺した表情を隠そうともせず問いただしてくる。
「……今朝、私の娘が行方不明になりました。警察には届けましたが……そこで、いまこの集落近辺で起こっている事件のことを聞きました。……あなたたち、もしやと思いますが……私の娘に手を出してなどいませんよね?」
いつになく殺気を込めた目と口調の偽島。
こいつの人格にも問題を感じていたが、一応、親としての一面はあるらしい。
元一は状況をどう説明したものかと言葉をつまらせる。
言葉から、どうもヤツは事件を誤解し、我らを疑っているようだ。
ここで話の運びを間違えたら、さらなる誤解を招いてしまうかもしれない。
返事の言葉は慎重に選ばなけれなならない。
そう思案したとき。
「これ、もしかして娘さんのですかぁ~~~~?」
なにも考えてないぬか娘がシューズを振って偽島を呼んだ。
「バッカ――――!?」
元一と同じことを考えていたヨウツベ。慌ててシューズを奪い、背に隠す。
とっさに出てしまったその動きが、逆に怪しく相手に伝わった。
偽島は、一瞬だけ見えたそのシューズにワナワナと肩を震わせる。
愛しい娘の運動靴。
一瞬見れば確信など充分。
これ以上ない確たる証拠に、もはや探りなど、まどろっこしいことは不要。
ス……と、ヤクザの目に変わった偽島誠は、声のトーンも低く落とす。
「娘を返せ……いますぐに。さもなくば全員殺すぞ」
「ひっ!??」
豹変に、思わず震え上がってしまったぬか娘。
元一すらも、動きを止めてしまうその迫力。
いままでのようすとはまるで違うその真剣さに、人の親としての敬意を感じ、元一は心を決めて前に出た。
「偽島よ、娘の行方は知っておる。我々もいまから――――」
言い繕っても仕方がない。
ここは本当のことを真摯に話すべきだと判断した。
自分たち大人のイザコザよりも、子供の命のほうが遥かに大切なのだから。
しかし気の立っている偽島は元一の話を最後まで聞こうとはしなかった、
「返すのか? 返さないのか?」
単純に、それだけ聞いてきた。
「いますぐには無理じゃ、これには訳があって――――」
「殺せやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「――――っ!??」
もはや問答無用。
完全にキレた偽島は、話し合いを放棄し、実力行使にでた。
怒号とともに、組員たちが一斉に突撃してくる。
彼らも大将と同じく蹄沢の卑劣なやり方に怒り、ブチ切れていた。
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