第185話 うそでしょう!?
「九郎さんっ!!!!」
どたばたがちゃん――――と、騒々しく飛び込んできたのは偽島誠。
自室(仮)で休んでいたクロードは、目隠し代わりにかぶせていた文庫本をのけると、面倒くさそうに入り口に視線を向けた。
時刻はもうすぐ正午になる。
いまだ〝ヒール〟の消耗が抜けきらないクロードは今日も仕事をサボり、部屋に閉じこもっていた。
時給制なので実入りが減ってしまうのは痛いが体調不良を甘くみて戦場に出たばかりにつまらぬミスを犯し、死んでいった同僚を過去に何人もみてきた。
その頃の経験が染み付いているクロードは、体調管理だけには気を遣う。
昨晩も栄養バランスを考えて、いつものカップラーメンに山盛りのネギと無添加野菜ジュースを加えたほどである。
「クロード、だ。……なんだ騒々しいな。仕事なら今日は休みだ。……どういうわけか知らんが、蹄沢に警察が入り込んでいた。俺は警察が好かん。ヤツラに関わるくらいなら、ここで大人しく瞑想していたほうがましだ」
悪霊騒ぎ、その後のようすを確認するため、舎弟のひとりを偵察に行かせた。
持ち帰ってきた情報は意外なものであったが、詳細はともかく、いまは近寄らないほうがいい。
「そ、そ、そ、そんことはどうでもいいんです!! それよりもアナタ、私の娘〝真子〟を知りませんか!??」
てっきり仕事の催促だと思っていたが、偽島が口にしたのは予想外の話題。
いつもの憎たらしくも余裕な笑みはどこにもなかった。
「真子? ……娘?? ……貴様、娘なんかいたのか?」
「もちろんですよ!! 私だってもう三十も半ば、嫁もいれば娘もいます!!」
「……んまぁ、最近はそうともかぎらんが……ともかく知らんな。そんな子供など見たことがない」
「た、度々この部屋を覗きに来ていたって聞いていますよ!??」
「ん~~~~……?」
そう言われても、とくに思い当たるフシはないが……。
というか覗きにとはどういうことか?
「歳は10歳くらいで身長は140センチ弱!! 中肉中背でとっても愛らしく整った顔立ちをしたサイドテールの女の子ですよっ!!」
愛らしいかどうかは主観の問題だろうが……。
なんとなく記憶を掘り起こすクロード。そういわれてみれば思い当たるところがないわけではなかった。
「……ああ、そういえば最近、やたらと俺をジロジロ見てくる少女がいたな。社内なのにランドセルを背負って違和感があった。誰かの託児かと思って無視していたが……ひょっとしてアレが貴様の娘だったのか?」
女の事務員に言われたことがある。
『あの子、クロードさんに気があるみたいですよ』と。
なんでも俺が偽島組に来てから、態度があからさまに変わったという。
女子にモテるのはエルフの宿命。
また、つまらぬ者を惚れさせてしまったなと、そのときは気に留めることもなかったが、そうか……あの娘が偽島の娘だったのか。
「で、その娘とやらがどうしたっていうのだ?」
聞くクロードに、偽島は動揺を隠そうともせず大きく唾を飲み込んで言った。
「い、い、いなくなったんですよ!! 今日の朝から!!」
「……? どういうことだ?」
「私だってわかりませんよっ!! と、とにかく妻の話では朝起こしにいった時、既にいなくなっていたらしいんです!!」
顔面を貼り付かせんばかりに近づいて絶叫する偽島。
クロードは、唾でビチャビチャになった顔をハンカチで拭いながら「まあ、落ち着け」と肩を押し、離れた。
「……つまり、家出をしたということか?」
クロードの推察に、しかし偽島は思いっきり首を何度も横にふった。
「ありえないありえない!! ウチの子に限ってそれはありえない!! だって私はあの子を世界一愛しているし妻だって同じだ!! あの子だって私たち夫婦を世界一大事に思ってくれているに違いない!! そりゃあ最近、忙しくてなかなか家にも帰れていませんし、先週なんかUSJの約束をすっぽかしましたが、でもそんなことで家出するような娘じゃないんですよ!!!!」
「いやいや……充分ありえるんじゃないのか? USJって貴様……俺が子供だったら泣くぞ、それ」
「泣かせてるのは誰ですか!! そもそも私が忙しいのは、あの蹄沢の連中のせいで仕事のスケジュール変更に走り回らなきゃいけなかったからですよ!! 一体いつになったら解決するっていうんですか!??」
「むうぅ……いやだから、それは説明しただ――――」
面倒くさいやつだと頭をかくクロードの言葉も終わらぬうちに、
「いや!! そんなことも、この際どうだっていいんです!!!!」
真剣な顔をして偽島が再び迫ってきた。
「お、お、お、おい、やめろやめろ、バッチイんだよ寄るなコラ」
偽島は、焦りと怒りに血走った目をむき出して、歯をギリギリと鳴らす。
「……警察に連絡して聞いたんです。……九郎さん。あなた、いま蹄沢でなにが起こっているか知っていますか?」
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