第169話 拒絶の悪魔・季里姫⑪

「まずはじめに問うが……」


 アルテマは魔素吸収ソウル・イートの光を弱め、しゃがみこんで季里姫と目線を合わせた。

 クロードは怨霊から聖剣を取り上げると加護をかけ直す。

 六段や元一もまた怨霊を警戒し、それぞれの武器を構えて取り囲んでいた。

 占いさんは崩壊しかかった結界を解き、やれやれと畳に沈み込んでいる。

 村長の誠司は気絶してひっくり返ったままだが、エツ子とその孫の政志はかろうじて意識はあるようだ。


 政志の目隠しがいつの間にか取れてしまっている。

 しかし呪いを耐えきった疲労と、アルテマたちの人知を超えた戦いに怯え、悲鳴すら上げられないでいた。


「……貴様は、祠の伝承にある娘――季里なのか?」

 尋ね、すぐに思いなおし、言い直す。

「いや……かつてそうであったか?」


 しかし、聞かれた怨霊は無表情で静かに首をふった。

 アルテマは意外そうな顔をした。


「? だがお前の名……そして宿主との因果関係……偶然とは思えんが?」


 すると怨霊はエツ子の顔を遠目に見、そして薄笑った。


『我は怨霊……かつては名もなき存在だった者……』

「名もなき……野良の低級悪魔だったということか?」

『……あるとき、我は召喚された。そして子を護ってくれと頼まれた。……代償に我は術者の命と名前を要求した』

「……それが季里だったと?」

『お前の言う『季里』であったのかはわからんが、たしかに我が喰らったのは季里という老いた術者だったよ。……そのおかげで我は遥かに強い力を手に入れた』

「……『子を守る』というのは?」

『そのままの意味よ。そのとき術者の子は、龍の生贄にされていたからの』

「龍? 龍とは難陀なんだのことか?」

『そうだ。難陀なんだは術者の血を求めて暴れていた。術者は自分の命を難陀なんだに捧げ、怒りを静めろうとしたが無駄だった。……難陀なんだが求めていたのは老いた術者ではなく。若く綺麗な季里の血を引いた孫の方だった』

「孫? 子ではないのか?」

『……子孫という意味で『子』だ。……受けた願いは子々孫々、術者の一族を難陀なんだから守り続けることだった。……そして我は最初の主たる娘――――術者の孫に取り憑いた……それから永年、我は代々の子孫を、あの龍から遠ざけ続けている……』

「まってくれ」


 そこで元一が、弓を向けたまま、わからないと言った顔をする。


「季里と難陀なんだ――――源次郎は恋人同士だったのだろう? それがなぜ命を捧げるだの、護るだのの話になっているんじゃ?」

「だなぁ。……もし結ばれぬ悲しみで龍に化けてしまっていても、本人が命を賭して怒りを鎮めようとしたのじゃろ? ならそれで良さそうなもんじゃもんじゃろ。いや……龍の気持ちなんてわからんけどもな」


 六段も納得できないと首を捻った。

 その話を聞いた怨霊は、


『……想い人? そんな話は聞いていないが……?』


 その言葉に、みなは顔を見合わした。


「いや……村の伝承では源次郎と季里の二人は愛し合っていて、しかし許されぬ恋だと引き離され。悲しみに暮れた源次郎は苦しみの末、龍の姿へと変わった……と言い伝えられているが?」


 しかし怨霊は『なんのことだ』と首をふるばかり。


「……で、では怨霊よ。お前は季里からどう聞いていたんだ? なぜ難陀なんだは季里の子孫を襲うようになったのだ!?」

『我が聞いたのは、難陀アレは一方的に自分に言い寄ってきた、流れ者の慣れ果てた姿だと。……相手にぜず許嫁だった侍と結婚しようとしたが、無理やり誘拐して連れ去ろうとしてきたので斬ってもらったと』


「……………………」


「おいおい……ちょっと話が変わってきたぞ……?」

「だなぁ……ちょっとどころじゃないけどなぁ。根本的に変わってきている」


 嫌な予感をひしひしと感じ、ジト目に変わってくるアルテマ。

 座敷では占いさんが猫に餌をやり始めている。

 さらに怨霊は伝承にはなかった真実を語る。


『……難陀アレは生前、源次郎と呼ばれていた頃……村中の娘を片っ端から襲い、契りを求めていた大変な不埒者だったそうだ……』

「あ~~……それで、どうせ追い出されるなら一番気に入った女を持っていこうと」

「したら斬られて死んだと」


 六段と元一の二人は、裏山の、難陀なんだがいるだろう辺りの茂みを白々しく見上げた。


『……成敗された源次郎はやがて、難陀なんだへと姿を変え、衰えぬ煩悩を霊力に、オナゴを呼び寄せ食らうようになった。……若く美人だけを選り好んでな。……我は術者からそう聞いている』


 さらにアルテマも白々しい目で茂みを見上げる。


「……で、難陀なんだを生み出してしまった責任を問われた季里は、自らを生贄に怒りを鎮めようとしたわけか?」

『ああ……しかし年老い、相手にされなかった術者は、代わりに娘を求められ、なくなく差し出すことになった』

「……なんと……惨たらしい……」


 目頭を押さえ首を振る元一。


『娘を喰らった難陀なんだはその血をいたく気に入り、それ以来、術者の子孫が年頃に成長するたび、生贄に持って来いと言うようになった』

「怒りが静まるどころか……煩悩に拍車がかかったというわけね……」


 これだから男って……。

 と、いわんばかりにぬか娘が六段たちを見上げる。

 その首を無言で裏山へと向かせる六段。


『……そこで、一族の未来を案じた術者は、己の命を代償に代々子孫を守り続けよと我を召喚したのだ』

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