第170話 拒絶の悪魔・季里姫⑫

「……ようするに……」


 やや疲れた顔をして、アルテマは眉間をもんだ。


「人並み外れた助平が、成敗されてなお、煩悩のままに龍として生まれ変わり、一番好いた女の血を代々に渡って求め続けている……ってことで良いか?」

『そうだな。良いぞ』


 こともなげに肯定する怨霊。


「…………それでお前はその季里一族を護るため、同じく代々に渡って取り憑き続けていると?」

『うむ』

「あれ? ……なんだかこの人……悪い悪魔じゃない気がしてきた……」


 ジト目で頬をかくぬか娘。


「そうだな。ワシもそんな気がしておる」

「……………」


 六段も同意し、元一も黙って弓を緩めた。

 伝承を信じ、難陀なんだに同情すらしていたが、どこで捻じ曲げられたのか、真実はなんともみっともない話だった。

 知らなかったとはいえ、むしろエツ子の味方をしていた怨霊を自分たちは退治しようとしていたのだ。


「………………」


 なんとも気まずい沈黙が流れる。

 が、そこに、


「バ……バ……バケモノっ!!」


 後ろから叫び声にも似た罵声が、突然あびせられた。

 驚き振り返る一同。

 すとそこには恐怖に身を震わせ、それでも石を握りしめて怨霊をにらみつける政志がいた。


「ま、政志くん……」


 ぬか娘がそんな政志に駆け寄って行くが、


「お前がおばあちゃんの目を見えなくしていたんだなっ!! このバケモノ!! 消えろ!!」


 涙ながらに叫ぶと、怨霊に向かって思いっきり石を投げつけた。

 石は怨霊の身をすり抜け、地面に落ちるが、政志はそれでも新たな石を拾って投げ続けてくる。


「死ね、バケモノ!! 僕が退治してやる!! お前なんか……この僕が!!」

「やめて政志くん、違うの!! あの悪魔はね、エツ子さんを護ってくれてたのよ!!」


 聞く耳をもたず、敵意のまま暴れ続ける政志。

 落ち着くよう、その手を押さえるぬか娘だが、


「……いや、その少年の言っていることに間違いはない」


 アルテマは政志の行動を否定しなかった。


「アルテマちゃん!?」

「……どんな理由で、どんな契約で取り憑いていようが、所詮は悪魔。人に害を及ぼす存在であることは違いない。……お前はエツ子を護ってきたといったが、その代償に光を奪ったのではないか?」

『……もちろん我も悪魔、無償では動かん。初代にくわえ、代々からも代償を頂いている。今代は目を、先代からは心を頂戴した』

「……心? 感情を奪ったのか?」

『ああ……しかしそれは同時に、龍から護ってやることでもあったのだぞ?』

「どういうことだ?」

『あの龍は傷物を嫌う。たとえ術者の子孫とわかっても、健常でなければ興味を示さなかった。……村の者もそれがわかって、しだいに術者の子孫を生贄に送らなくなった……』

「さ……サイテーだ……」


 難陀なんだの低俗な嗜好にあきれかえるぬか娘。

 ……女を単純な色欲の対象としか見ていない、典型的なクズ野郎である。


「……しかしそれじゃと、子孫はいいが……他の娘が犠牲になっていたのではないか?」


 そう聞いたのは元一。

 六段やぬか娘も怒った顔でうなずいている。


『当然だ。……我が受けた契約はあくまで『術者の子孫を龍から護る』こと。他の人間がどうなろうが知ったことではない』

「……貴様」


 再び弓に力を込める。

 だが怨霊は笑ってそれを見上げた。


『なんだ爺よ、そんなにおかしいか? そのような酷い契約を結んだのは、やはり人間なのだぞ?』

「…………む……」


 さらに怨霊は少年へと視線を移す。


『……小童わっぱよ、貴様は我をバケモノと罵ったが……我に言わせれば貴様の先祖……季里こそ本物のバケモノよ。……なにせ幾代に渡り、無関係の娘を己一族の身代わりに殺してきたのだからな。……その末代であるエツ子も、貴様も呪われし存在。我を罵倒する資格なぞありはしないのではないか? ふ……ふふふ』


 言われた政志は青ざめて、やがて力なく石を落とした。


「……そ……そんな……。ぼ、僕の家族は…………呪われてなんか……」

『貴様が生まれ、存在しているのも、すべては無数のいわれなき犠牲の上にあるのだ。自覚し、身をわきまえよ』

「う……うぅぅぅぅぅぅ……」


 突きつけられた真実に耐えられず、政志は震えながら涙を落とした。

 アルテマはそんな政志に何かを言おうと口を開けるが、


「ハーーーーーーーーーーハッハッハッハーーーーーーーーーーッ!!!!」


 クロードの馬鹿笑いに先を越されてしまう。

 クロードはキザな仕草で、そのサラサラ髪を掻き上げるが――――しかしそこでようやくチリチリパーマになった現実に気づき「な、なんだこれは!?」と狼狽える。だがすぐに些細なことだと気を取り直し、


「少年よ、こんな悪魔の戯言に耳を貸す必要なぞどこにもないぞ!! 先祖術者は一族の未来を護ろうと願っただけ。残酷な手段を選択したのは他ならぬこの悪魔。我らが神に祈ったのならば、そんな惨たらしくも浅ましい結末になどなっていなかったはず!! つまり〝頼る相手を間違えた〟それだけのことだ!!」


 そしてビッと、怨霊に指を突きつけた。

 アルテマは「どうだか……?」と憮然とした顔でシラケるが、政志が責任を感じる必要はないというところでは同意なので黙っておく。


「さらには!! 結局のところ一番悪いのはやはりあの龍ではないか!! すべてはあの龍、あのトカゲをぶち倒せば全部解決するのだ!! だろうアルテマよ!?」

「……それはそうなんだが……」


 それが出来ないから困っているのだろうが。

 根本的な問題に立ち戻り、アルテマ他みんなは、クロードの相変わらずなズレっぷりにあきれて肩を落とした。

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