第157話 おかしな気配

「ああ、蹄沢の狩人さんやね。たびたび熊狩でお世話になって……それで、今日はなんの御用ですか? 大勢で……いえ、大歓迎なんですけどね」


 エツ子婆さんは、息子の誠司と蹄沢の関係をよく知らない。

 もちろんソーラーパネル工事のことも知らないし、それにまつわる騒動も何も知らない。なので何気にすることなく元一を歓迎した。

 元一も、そんな婆さんをつまらない争いごとに巻き込まぬよう、話題に注意して話を切り出した。


「いや、なに……実は村の伝承について聞きたいことがあっての」





「……というわけでな。あんたがその季里という娘の子孫だと聞いてきたのじゃ」


 説明をきいてエツ子は困ったようにうつむく。


「いいえ……そんな話、私は知りませんけど……どこで聞きはりました?」

「え~~と、村の端っこの……なんとかって部落で聞いたんですけど……」


 おかしいなと首を傾げるぬか娘。


「まぁ、僕たちも『らしい』って聞いただけなんで……もし本当なら色々お話がききたくて……」


 ヨウツベが言うが、エツ子婆さんはうつむいたまま、


「……昔、そんなお祭りがあったことは知ってますけど……私がまだ小さかったころの話なのでほとんど覚えていません。それにそんな龍だなんて……おとぎ話じゃないのですか……?」


 そう言われてしまうとどうしようもない。

 直接、難陀なんだに合わせたところで目が見えないし、第一危険だ。


「もし……。もしも……私がその季里さんとやらの子孫だったらどうされるおつもりでした?」


 逆に聞かれ顔を見合わせる一同。

 元一は顎に手をやり考えながら、


「……いや、どうされるもこうされるも、ワシらもどうしたものか困っておるのじゃ。生贄なんぞこの時代、用意できるわけもなし。……じゃけどもなんとか奴をどかしたい。当事者の子孫であるならば、なにか良い解決策でも知らんかと思ってな。それでやってきただけじゃ……」

「……そうですか、では申し訳ありませんが……お役に立てそうもありません。私は無関係ですから……」

「そうか……。それなら仕方ないの……」


 残念そうにため息をつく元一。


 占いさんは、そんなエツ子の背中になにか異様な気配を感じ取っていた。

 それが何の気配なのかわからなかったが、元一が話を始めた途端ムクリと首をもたげ、自分たちを見下ろしているような……そんな威圧感を感じた。

 占いさんはエツ子に提案した。


「ところでお前さんの目……いまなら祓ってやれるかもしれんのう?」

「……? この目を? まさか」

「まさかではない。このあいだ言ってやったろう? きっと治ると。……どうじゃもう一度わたしの祓いを受けてみんか?」


 この間は孫の顔見たさにワラをもすがる気持ちで訪ねたが、本当に効果があるなんて思っていなかった。孫の政志も同じ気持ちで付き添ってくれた。


「まぁまぁ……騙されたと思っての。最近のわたし……けっこうやるんじゃぞ?」


 噂は聞こえていた。

 腰が治っただの胃が治っただの。

 先日などは心臓病の患者も元気にしたと村中の話題。


「それ、本当ですか……?」


 後ろの部屋から声がかけられた。

 振り返ると、そこに体半分を襖に隠してこちらを見る少年がいた。


「あ、政志くん。おいでおいで、こっちおいで」


 ぬか娘が無自覚に手招きする。

 政志は顔を赤くしてぬか娘から目をそらすと、占いさんにお願いした。


「本当に治るんですか? ……だったらお願いします。おばあちゃんの目、見えるようにしてあげてください!! お願いします!!」





「ほう……あの少年がそんなことを」


 帰ってきたぬか娘たちはアルテマの待つ元一の家へ直行し、事情を説明した。

 アルテマは節子が出してくれた甘食をかじりながら話を聞いていた。


「そうなのよ政志くん……ずっとおばあちゃん子で。それで今度村のお祭りで、催し物の劇に出るんだけど……それをどうしてもおばあちゃんに見てもらいたいって」

「その祭りとやらは『鎮魂の祭り』とは別物なのか?」

「別じゃな。戦後、難陀なんだを祀る神社が焼けてから、代わりに作られた祭りじゃ。無病と豊作を願う祭りで龍とは無関係らしい」

「ほぉ……そりゃなんとも薄情なものだな」


 こっちの世界の信仰具合は知らないが、かつて祀っていた神(悪魔?)を焼けただけで簡単に捨てられるものだろうか? 

 その後も難陀なんだは何度か祟りを起こして犠牲者を出していると聞く。

 なのに別の神を祀るとは……どうにもおかしな話である。

 アルテマはちょっぴり難陀なんだに同情した。


「まぁ、少年の願いはわかった。ともかくそのエツ子婆さんの悪魔祓いをすれば良いのだな?」

「うむ。……できるか?」


 占いさんがうなずく。

 アルテマは薄く笑って、


「言っただろう。私も以前より強くなっていると。だが、祓う理由はそれだけじゃないのだろう?」

「鋭いのぅ、その通りじゃ」


 占いさんは感じた気配のことをアルテマに話して聞かせた。


「あいつは季里のことなど知らんとそっぽを向いたが、霊の気配は誤魔化せん。……ありゃあやっぱり何か知っとるぞ」

「なるほど。本人が喋らんのなら悪魔に聞けば良いと、そういうことか?」

「そうじゃ。アルテマよ、お前さんならそれができるじゃろう?」

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