第158話 政志の願い

「おお、よう来なすったなエツ子や」


 翌日、息子の誠司に連れられて占いさんの家を訪ねて来たエツ子と政志少年。


「おお、世話になるね」

「……………………」


 政志に手を引かれ、座敷へと上がるエツ子。

 誠司はキョロキョロオドオドと落ちつきなく部屋を見回している。


「……なんじゃ、ワシらがそんなに怖いか?」


 すでに部屋で待っていた元一と六段が、そんな誠司をギロリと睨んだ。


「い、い、い、いや……そうじゃない、そうじゃないんですが……」

「安心せい、今日も工事の話はなしじゃ。ほれ座れ、始まるぞ」

「そ、そのことなんだけど……本当に、こんなお祓いで目の病気が治せるのかい?」


 こんな呼ばわりに睨みを向ける占いさん。誠司は失言だと慌てて口を押さえる。


「文句は結果を見て言うんじゃな」

「なんじゃ、お前……ワシらの言うことが信用できんとでも言うつもりか?」

「い……いえいえいえ、そ、そ、そんなことは」

「でも……おばあちゃんの目……どこの病院で診てもらっても治せないって……」


 暴力団並みの威圧感で睨み続けてくる元一らに、孫の政志も怯えてしまっている。

 さすがに子供の前でこれ以上親をイジメるわけにもいかず、


「ごほん。ま、まあ大丈夫だ。こう見えてもこの婆婆はたいした霊能力者でな。そこらのヤブ医者なんぞよりもよっぽど頼りになる。大船に乗ったつもりで安心しておればいいぞ」


 一転、朗らかな笑顔で政志少年の頭をなでてやる六段。

 元一もぎこちない笑みを作ってやる。


「エツ子お祖母様、お久しぶりでございます」


 アルテマが部屋に入ってきた。

 手には三人分の目隠しを持っている。

 喋り方が少し変だが、役どころでは占いさんの助手ということなのでキャラ作りをしているようだ。


 エツ子と政志の二人には以前会ったが、誠司はアルテマと直接会うのは初めて。

 はて……こんな娘、この村に住んでいたかなと首をかしげるが、再び向けられた元一たちの『余計なことは考えるな』光線に焼かれて思考を停止する。


「あ……あの……み、巫女様……ど、どうかお願いします!!」


 アルテマを前にして真っ赤にうつむく政志。

 見た目は同年代。なにやら思うところがあるのだろう。

 元一の笑みが、ぎこちなさを増した。


「……では、前回と同じく目隠しをさせていただきます」


 アルテマはエツ子ら三人へ、順番に目隠しを結んでいく。

 魔法を見られるのを防ぐ目的もあるが、出てきた悪魔にパニックを起こさないようにするためもある。

 エツ子の目が見えなくなったのは30年ほど前からだという。

 突然体調が悪くなって数日うなされたかと思うと徐々に視力が無くなって失明してしまった。

 すぐに医者に診せたが、どこの名医に診せても原因はわからないとのこと。

 検査上はどこも悪くなく、見えないはずはないと、どこも同じことを言った。


 前回はそこまで聞いてすぐに悪魔憑きなのだろうと察しがついた。

 症状の深刻さと婬眼フェアリーズの鑑定で、取り憑いている悪魔はおそらく中級の上レベル。

 実際に呪縛スパウスをかけ、姿を見てみるまでわからないが……。


「あ……あの……」


 目隠しをされながら政志がアルテマに話しかけた。


「ぼ……ぼく……来年になったら東京に行くんだ」

「?」

「お、お、お父さんが田舎の分校じゃダメだって……東京のいい学校に入って、しっかり学ばないと落ちこぼれるって……」

「「ほぉ……」」


 年寄三人が嫌悪のこもった目を誠司に向ける。

 分校のどこが悪いんじゃと小一時間問いただしたそうだ。


「だ……だから、おばあちゃんと一緒に住んでいられるのは……もうあと少ししかなくって……そ、それまでにおばあちゃんには目が見えるようになってほしいんだ。離れ離れになる前に僕を見てほしいんだ。劇もやるんだ。全部見てほしいんだ」


 政志の健気な訴えに、涙を流すエツ子おばあさんに息子の誠司。


「いや、お前はおかしいんじゃないか?」


 そんな誠司の頭を鷲掴んで威圧的に覗き込む元一。


「だ……だって仕方ないだろう……政志には将来町会議員に出てもらって、ゆくゆくは市議……いや県知事だって目指してもらいたいんだから」

「四十過ぎて授かった息子に過度な期待をしてしまうのはまぁ、わかるがお前……もうちょっと子供の気持ちも」

「いや、もうそれは家庭の方針だから口を出さないで」


 怯えながらもピシャリと言い切る誠司。

 そう言われては元一たちも踏み込めず、ムカつきながらも言葉を呑み込む。

 アルテマはそんな政志に小さくささやいた。


「……大丈夫だ。お前の祖母はきっと治してやる。私がいるかぎり100までは息災で生きるだろう。勉学に励み立派に成長していく様を存分に見せてやるがいい」

「……え?」

「……さて始めましょうか。よろしいですか美智子様?」

「うむ」


 目隠しを終え、アルテマが占いさんに開始を促す。


 仰々しく祓い棒を掲げる占いさん。

 その後ろにアルテマが控え、祓いの儀は始められた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る