第156話 夏の成長記録
――――のだが。
「お前は出てはいかんここに残っておれ」
元一の一言で節子とともに留守番をすることになった。
「な、なぜだ……もうそろそろ集落の外に出てもいいだろう?」
口惜しげに指をくわえて抗議するアルテマ。
はじめの頃は正体が知られるとややこしいことになる、とのことで理解はしたが、いまは動画配信で自分の姿は世界中にばら撒かれている。
あくまで自主制作の特撮映画との名目で、異世界人だということは上手いこと隠せている。だからもう外を歩いても不思議に思われないはずなのだ。
「いいや、いかん。映像では誤魔化せても直に魔法なんぞ見られたりしたら一発でバレてしまうぞ。大衆ならまだしも、この世界にはソッチ方面の研究者も多い。目でも付けられたら面倒じゃ」
「そうそうアルテマちゃん。そうでなくても可愛いんだからポテポテキョロキョロしながら歩いてるとあっという間に誘拐とかされちゃうかもよ?」
「むう……そんな輩は私のアモンで一撃のもとに」
「ほらだから、それをするとバレちゃうって」
ぬか娘に頭を撫でられ憮然とするアルテマ。
しかし妙なトラブルを起こしたくない気持ちはアルテマも同じ。
ここは大人しく留守番することにした。
「こ……ここは……!?」
エツ子の家にやってきた元一と占いさん。
撮影班としてヨウツベとぬか娘も付いてきていた。
元一はその立派な門構えを見上げ、頭に青筋を浮かべてしかめっ面を作っていた。
「えっと……ゲンさん? この家になにか因縁でも?」
怒りを感じ取ったヨウツベはピントを元一に合わせる。
「因縁もクソも……この家はあの村長、
「え、それマジ!?」
驚くぬか娘。
村長といえば偽島組と組んで大型太陽光発電パネル設置工事の話を進めていた男である。
いわば騒動の元凶。蹄沢集落の敵とも言える存在だった。
「ふん、このあいだ泣くまでドツいてやったから、大人しくしとるようじゃが……またここに来ることになるとはな。……知っておれば六段も一緒に連れてくるんじゃった」
「ちょとゲンさん、カメラ回ってます。迂闊な発言はやめてくださいね」
「……約束はできんの」
昭和生まれの野蛮な住民運動魂をメラメラ燃す元一。
その炎を見て『まぁ、これはこれで面白そうな絵が撮れるか』とヨウツベは考えを切り替えた。
――――カラン。
木の棒でも倒れたか、玄関の脇から乾いた音が聞こえてきた。
噂をすると影。見るとそこには褐色肌で痩せ型の、気弱な面貌をした50代男、
「……よぉ誠司、ご無沙汰じゃの。野良仕事でもしとったか?」
倒れたのは手に持っていた備中鍬。
野生の獲物でも狩るような目で元一は誠司を睨みつけた。
「げ、げ、げ、ゲンさん!? な、な、な、なにしに来たんだい?? 工事の話なら私はもうなにもできないぞ!? 契約は交わしてしまって――――ひえっ!??」
言い終わらぬうちにツカツカ、ズンと歩み寄った元一は、有無を言わさず誠司の頭を威圧的に押さえつける。
そして目線をじっと合わせて頬をペシペシ軽く叩いて、
「その話はまたじっくりとしてやろう。今日は別件で来たんじゃ……エツ子はいるか?」
「エ……エツ子……!? そ、そ、それは母だ……。い、いったい私の母になんの用だっていうんです??」
脂汗をダラダラ流す誠司。
蛇に睨まれた蛙ならぬ、番長に胸ぐら掴まれた委員長のよう。
若者相手にはほとんど見せない元一の迫力にぬか娘は不覚にもちょっとトキメク。
「なに、ちょっと昔話をしたくての。上がらせてくれんか?」
占いさんが代わりに答えると、誠司は汗を肌着の裾でふきふき、うなずいた。
「おやおや……これは、めずらしい……。美智子さんか? この声は?」
「ああそうじゃよ。どうじゃ大事ないか?」
エツ子婆さんは居間の縁側に腰掛け、籐製の安楽椅子でゆらゆら揺れていた。側には小学校高学年くらいの男の子が携帯ゲームをしながら扇風機にあたっている。お祓いに来たときに付き添っていたあの男の子だった。
「こんにちはボク、お久しぶりね」
男の子は挨拶をしてきたぬか娘をみてギョッと目を剥き、ゲームを落とした。
そして真っ赤な顔で目を逸らすと隣の部屋に逃げていった。
「あれ……人見知りなのかな……?」
なにも気付かず首を傾げるぬか娘。
「きよらかな少年のイケナイ扉を開いてしまった感想をひとつ」
ある意味、
貴重な成長記録を収められたヨウツベは、もうこれだけで今日はお腹いっぱいだと充実感に浸る。
「おかげさまでね、目以外は元気なもんです。来てくれるなら連絡してくれれば、良いお菓子でも用意したものを……なんもなかったかの……? のう、
「あ、お孫さんは……なんだろうキョドっていなくなりましたケド……」
「言ってやるな。いいんですよエツ子さんお構いなく、僕たちちょっと聞きたいことがあって……」
「電話じゃなんだからの。急じゃが、邪魔させてもらった。蹄沢の元一じゃ」
軽く挨拶をすると、エツ子は『ああ』とうなずいてにっこり笑った。
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