第155話 あのときの……。
「アルテマちゃん、わかったわかった、わかったよう!!」
はしゃぎながら飛び込んできたのは、相変わらずハレンチな鎧姿のぬか娘と、眠そうな顔のモジョだった。
アルテマはちょうど悪魔付きの患者を診終わったところ。
最近じゃ占いさんも慣れたもので、悪魔憑きとそうでない者をひと目で判別できるようになっていた。
取り憑かれていない者は飲兵衛へ回し、民間治療(闇営業)するか、病院を手配するかの相談を受けてもらっている。
悪魔憑きの患者は、その病状と取り憑いている悪魔のレベルを考えて治療の順番を決めている。
今日は午前中に二体の悪魔を退治し、魔素吸収を行なった。
一体は右足の痙攣を引き起こしていた低級悪魔で、問題なく退治できた。
だが次の一体は不整脈を引き起こしている狼型の中級悪魔で、これには少々苦戦した。
手強いだろうなと
どちらにせよ重病をかかえた患者もいずれは祓ってやらなければならないし、急激に悪化などされたら患者を選んでなどいられない。
なので最近は強い悪魔とも積極的に戦っている。
「む、そうか。それは手柄だ、さっそく聞かせてくれ」
「これ、動くでないぞアルテマよ」
ボロボロになった巫女服。
擦り傷切り傷だらけのアルテマに消毒液を塗っている占いさん。
退治に付き合ってくれた六段も絆創膏だらけである。
「ありゃりゃ……こりゃ今日は大捕物だったみたいね……アルテマちゃん」
「うむ、まぁ少しな。でも退治した後、すごく楽になったと大喜びされたぞ? ほれお礼に
「わ~~~~い、いっただっきま~~~~す」
「……岡本製菓堂の安永餅……うまうま……」
地元の銘菓に眠たそうなモジョもご満悦である。
二人には源次郎の恋人、季里について調べてもらっていた。
なにか彼女にまつわる物でも残っていれば
ぬか娘は餅を頬張りながら得意げに成果を報告してくれた。
「あのね……もぐもぐ……季里さんの子孫だって人を……もぐもぐ……見つけてきたよ」
まつわる物、どころではない。
ど直球な手がかりに、アルテマは餅を喉に詰まらせ目をむいた。
「なっ!? ……ぐっ……そ、そ、それはでかし……ぐむ?……ぐむむむむ!?」
「ああ、アルテマちゃん!? 顔が緑色になってるよ?? みずみず!!」
「……あんこには意外と牛乳が合う……もみゅもみゅ」
「お子様だのう。やっぱ餅には日本茶だろう? なあ占いさんよ」
「ん?」
占いさんは黙ってブラックコーヒーを飲んでいた。
「おいおいなんだよそりゃ!? 似合わんモノ飲んでるじゃないか!??」
「似合わんで悪かったの六段。……だがワシは昭和初期の純喫茶ブームに青春を謳歌しとったからの、あんこにはコーヒーなんじゃよカカカ」
「なんだよそんなもん……美味いのか??」
「美味いぞ。元は両方とも豆じゃ、合わんはずはない」
「そんなもんか?」
「って、のんきに話してないで!! アルテマちゃんが落ちそうになってるって!!」
「……木戸エツ子? はて、どこかで聞いた名だな?」
水を飲んで一息つけたアルテマは、ぬか娘が持ち帰った名を聞いて首をかしげた。
この世界の知り合いなどほとんどいないはずなのに奇っ怪なことである。
すると占いさんが手を打って、
「おお、なんじゃエツ子か? あいつが季里の子孫じゃったのか!?」
「え? 知ってるの占いさん??」
驚くぬか娘。
「おお、昔から少しな、隣集落の……ほれ、このあいだ悪魔憑きのお祓いにも来ていたじゃろう? 目の塞がったあいつじゃよ」
「…………ああ、そうか。そうだったな」
言われてアルテマは思い出した。
少年に気遣われながら車に乗り込んでいた悲しげなおばあさんの背中を。
……そうか、そういえばそんな名だったかもしれない。
彼女は数十年前、突然目が見えなくなったらしい。
世話をしてくれている孫の顔すらも、いまだ見たことがないという。
せめて死ぬまでに、一目でいいからその姿を見たいと不思議なお祓いを始めた占いさんを尋ねてきた悪魔憑き患者だった。
彼女に取り憑いた悪魔の気配は強力だった。
占いさんに憑いていた、あの山羊の悪魔よりも上のレベル。
だから申し訳ないと思いながらも、アルテマは治療を先送りにしていた。
命が危ういわけではない。というのもあったが、なにより危険だったからだ。
悪魔退治と一言で言っているが、失敗すればそこで終わりの危ない行為でもある。
「というか、季里に子孫なんかいたのか? 子を残す前に亡くなったんじゃ?」
「うん……私にもそこはわからないんだけど。……とにかく血筋は残ってるって、村のお年寄りの人たちはみんな言ってたよ?」
六段の疑問に、ぬか娘が困ったように首を傾げている。
「……本人に話を聞きに行ってみるか」
なんとなく嫌な予感はするが、会ってみないことには始まらない。
アルテマは立ち上がり、出かける支度を始めた。
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