第135話 マジで言ってる?

「それで? お前はこの不思議な異世界転移についてどこまで調べがついているんだ?」


 すっかり酔っ払い、飲兵衛といい感じに肩を組みはじめたクロード。

 アルテマはそのバカみたいな順応力に呆れながらも尋ねた。

 元一はその話にピクリと耳を震わせる。


「おう、それだがな」


 節子が用意してくれた焼きはまぐりを口に放り込み、聞いて驚けと言わんばかりにクロードは胸を反らす。


「実はな……驚くべきことだが、この世界には異世界へ転移するという話が結構あるのだ」

「な、なに? そ、それは本当か!?」

「ああ本当だ。この本を見るがいい」


 クロードは背負ってきたリュックをゴソると、中から一冊の古ぼけた文庫本を取り出した。アルテマはそれを受け取るとタイトルを確認する。


『事故って死んで異世界に飛ばされた俺は美少年になってて魔王も一撃で倒せる魔法力とモテモテハーレム人生をゲットした36歳の春』

「なんだ……これは」

「この世界から異世界転生した者の自伝と思われるな。最後まで何度も呼んだが泣きあり笑いあり萌えありでなかなかに面白い。とくに主人公が天然ボケの朴念仁で」


 ――――婬眼フェアリーズ


『なろう系小説。世界の一大ジャンルとして確立したファンタジー系物語。定義は曖昧なれども、異世界転生と萌えがあればだいたいこれに当てはまる。意外と高齢の読者層を持つ。サラリーマン秘密の癒やしアイテム。カバーをビジネス書なとど入れ替えて読もう☆』


「作り話やないか~~~~~~いっ!!」


 説明をきいたアルテマは真顔のままそれを後ろに放り投げた。


「ああ、なにをする貴様!!」

「あ~~これね。私も小学校の頃読んだな~~。主人公がヒロインを選びきれなくてヤキモキするんだけど、でも最後には――――」

「そう。死にかけたセリアに愛の告白をして結ばれるのだ」

「でもほかのヒロインも全然あきらめてなくて後日談では――――」

「うむ、しかしあのエピソードは蛇足だったとファンの中では賛否が分かれているがな?」

「え~~~~私は好きだったけどなぁ~~~~?」


 拾い上げたぬか娘は、懐かしそうに当時を思い出してほっこりしている。


「どうだアルテマよ。これだけじゃないぞ異世界をテーマにした作品はまだまだ、ほれこの通りたくさんあるのだ」


 リュックから次々と同じような本を取りだすクロード。

 山と積まれたそれをぬか娘が、


「あ、これも知ってる。これもこれも。これは読んだことないけど知ってる。あ、これ読みたかったやつ、ねえねえ借りていい?」


 などとチェックし数冊ほど懐に入れた。


「いや、だから小説だろこれ!? 作り話じゃないか、こんな物がいったいなんの役に立つと言うのだ!?」

「バカを言うな。これらの作品はたしかに最初は作り話だったかもしれないが、それぞれに作者様の情熱と魂が込められているんだ!! その世界から生み出されたキャラクターたちはもはや架空の存在にあらず!! 血と魂の籠もった立派な生者だと俺は思っている!! そんな彼らの物語が教えてくれる教訓が役に立たんとはアルテマ、貴様の感受性はその程度のものなのか!??」

「いや、論点よ」


 そうだそうだと、いつのまにかアニオタまで混ざって抗議してくる。

 よくはわからんが長い年月この世界で過ごさねばならなかったクロードは、すっかり〝二次元〟というこの国独特の文化に染まってしまっているようだ。

 本人らの情熱は理解したが、しかしだからといって空想で考えられた物語に現実の問題を解決する答えがあるとも思えない。


 だめだ、やっぱりこの馬鹿にはなにも期待できないとアルテマは頭を抱えた。

 しかしそこでモジョがぼそっと口を開く。


「……たしかに……これらの物語は空想から作られたものだが……なんの根拠もなく書かれた物でもない……。土地々々とちどちに古くから伝わる伝承や、考古学に基づいた推測もまじえて本格的に書かれたものも多い……。意外とバカにはできんと思うぞ?」


 そんな意見にヨウツベも、


「そうですよね。他に参考資料がない以上、ライトノベルを読んでみるのもいいかも知れませんね。物語はともかく、設定にはもしかしたら的を得ているものもあるかもわかりません」

「と、と、と、というかもうすでに僕らはライトノベルの住人みたいなものでござるよ。魔族のアルテマ殿にエルフのジル様。そして我が妻、猫耳美少女のルナちゅわぁんがいるのでござるから!!」


 細かいツッコミは抜きにして……そう言われると何も言い返せないアルテマは渋々その本を手に取ってみる。

 なんだか昔の自分によく似た豊満な鬼娘がイラストされていが……。


「……そこまで言うなら読んでみようか」

「うむ、そうだろうそうだろう? ではその後、感想をまじえて我々の状況を考察してみようじゃないか」

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