第136話 もしかしたら……。

「九郎さん」

「クロード、だ。……なんだ?」


 偽島組事務所のソファーにふんぞり返りながら、まったり漫画を読んでいるクロード。社員たちの冷ややかな視線がザクザクと突き刺さっているが、お構いなしにくつろいでいる。

 そんな彼を、額に青筋をうかべながら見下ろす偽島誠。


「例の子供巫女の件、なにも進捗しんちょくがないようですが一体どうなっているんですか!?」

「どうもこうも、しっかりとやっているぞ? 昨日もほれ、あれだけの戦利品を確保してやったところだ」


 事務所の隅に置かれた段ボール箱。その中に色んな野菜やお菓子がギッシリと詰められており『戦利品・ご自由にお持ち帰りください』と書かれている。

 それを忌々しげに見つつ偽島は、


「あんなものどうだっていいんですよ!! 私が言っているのは工事の承諾は取れたんですかってことですよ!!」

「……取れてたら報告に行くだろ。俺がここで漫画を読んでるってことは『まだ』ってことだ、そのくらい察しろ」


 ありえない態度で応えるクロード。

 ちなみに戦利品は暁の愚連隊メンバーみんなでお金を出し合って買ったものだ。

 きちんと仕事をしているぞ、とのカモフラージュで用意しているのだが特別手当が出ているので彼らも損はしていない。

 クロードの横柄な態度に偽島はメガネを曇らせ怒りを爆発させかけるが、


「あいつらの強さはお前もよく知っているだろう? 文句があるならお前が行ってなんとかしてくればいいだろうが。できるのなら、な」


 アルテマから偽島組が何をしてきたか聞いた。

 上級民たちだけで勝手に物事を決め、下級民たちの住処を追いやろうとしていることも。

 神に使える騎士であるクロードにとって、それは正義とは言えない。

 打倒アルテマに必死で、そのへんのことをあまり考えず協力を受け入れてしまったが、こうなっては話が変わってくる。


 ここはやはり弱者に味方してこその正義。


 記録に残され、動画として世界に配信されるのならなおさらのこと。

 ここは一つ、アルテマの提案通り『敵と見せかけ実は味方』の立ち位置で暗躍しようではないか。

 いつか聖王国に帰れる日が来たとき、そのほうがきっとカッコいいから。


「ぬぐぐぐぐぐ……」


 偽島はなにも言い返せず歯ぎしりを立てる。

 魔法など馬鹿げた存在に対抗できるのは、いまのところこの男だけなのだからどうしようもない。


「戦力が互角な場合、補給を断ってゆっくりと体力を削ってやるのは戦いの常識だ。焦って勝ちが逃げてしまっては元も子もない。そもそも戦争とは時間と金がかかるものだ。そのくらい貴様でもわかるだろう」


 もっともらしいことを言って漫画に視線を戻す。

 こう言っておけば多少は時間を稼げるだろう。


「蹄沢集落のことはしばらくあきらめて他に行ったらどうだ? そのほうが話が早いと思うぞ?」

「あなたに言われなくともわかってますよ!!」


 忌々しげに吠えると、ドスドスと音を立てて偽島は去っていった。





「……というわけで偽島ヤツは他の土地へ営業に向かった。これでしばらくは静かになるだろう」

「やるねぇ。あんたもしかしてデキる人かい?」

「フッ、よせよせ本当のことはあえて言うものじゃあるまい」


 わははははと笑い合うクロードとぬか娘。

 とはいえ、ちょっかいをかけてるフリはしなければならない。

 なので今日も道端で仲良く撮影会にはげんでいた。





「……なるほど。そういうことか」


 積み上げた文庫本の前でアルテマはひとりつぶやいた。

 あれから一週間。

 クロードから借りた小説は全部読み切った。

 どれも非常に面白かった。

 とくに手足も何もない軟体動物に転生して仲間と協力しながら街を建設する元中年サラリーマンの話とか、スケールがどんどん大きくなっていって目が離せなかった。


 読んだ話はすべて異世界転生ものと呼ばれるもの。

 それぞれの主人公たちの多くは、ある共通の出来事をきっかけに世界を渡っていた。


「……私は……やはりあの谷で死んだのかもしれないな」


 ジッと手を見る。

 どう見ても生きている手だが、しかしこれらの文献になぞらえて解釈するならば自分は一度死んでこの世界に転生したことになる。


「いや……転生ではないか転移か?」


 ややこしいが同じようなものだろう。

 となるとこの世界はあの世ということなのだろうか?


「いや、あの世という概念がそもそもおかしいのか? 世界には上層も下層もなく、あるのは平行世界だけで、死というものはそこを渡るための鍵開けのようなものだとしたら……」


 だめだ。頭がこんがらがってきた。

 おやつの水まんじゅうを食べてみる。

 糖分が補給され、いくぶん落ち着いてきた。

 まあ焦ることはない。

 ここがあの世だろうが並行世界だろうが、自分は意識があって生きていると認識している。

 ここでの生活も楽しいし開門揖盗デモン・ザ・ホールもある。帰れなくとも問題があるわけじゃない。


 しかしこのあと、ジルからとんでもない問題を聞かされることになるとはアルテマは夢にも思っていなかった。

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