第127話 たのもう。

 そして二日後。

 クロードは約束通り蹄沢にやってきた。

 たった一人で川辺に仁王立ち、大声を張り上げる。


「やあやあ我こそは我こそは、ファスナ聖王国騎士にして稀代の知将クロード・ハンネマンと申す者!! 此度はそちらより一騎打ちの申し出を受け参じた!! 開門を願おう!!」


 おぅおぅおぅおぅおぅ……。

 バカでかい声が周囲の山にこだまする。

 しかし蹄沢側からは何の応答もなかった。


「む……? おかしいな、聞こえなかったか? うむ、しからばもう一度」


 すうぅぅぅぅぅぅぅぅっと再度大きく息を吸い込む。

 と、対岸にある校舎の二階の窓が開いて、


「うるふぁいなぁ~~!! まだやくふぉくの時間じゃないれふぉ!?」


 カップ焼きそばをすすっているぬか娘が顔を出した。


「ぬ、お前はこの前のエロゲ戦士。……ここで会ったが百年目、と言いたいところだが貴様の相手はまた今度だ。今日はアルテマを叩き潰しにやってきた!!」

「誰がエロゲ戦士じゃ!!」

「どう見たってそうだろうが」

「は、反論できない……けど!! どうして異世界人のあんたがそんなコアな文化知ってるのよ!!」

「ふん、見くびるな!! これでも俺はもうこの世界に15年も住んでいるんだ、こちらの文化も芸術もすべて教習済みよ!!」

「い……いらないところまで勉強してるんじゃないわよ!! そんなことより時間までまだ30分もあるじゃない、早く来すぎなのよ!!」

「俺は日頃からそのぐらい早く出勤していた。始業前に一日の段取りを組んでおかないと落ち着かない性格たちでな!!」

「真面目か!! ちゃっかり会社に調教されてんじゃないわよ聖騎士が!!」

「聖騎士だからこそ、だ。我々聖王国の人間はなにより規律と勤勉を重んじる。帝国のチャランポランな連中と一緒にしないでもらおう」

「だれがチャランポランな連中だ!! 帝国への侮辱はこの私が許さんぞ!!」


 二人の馬鹿なやり取りに、聞き捨てならんと顔を出したのはカレーヌードルを片手に持ったアルテマだった。


「出たなアルテマ!! さあ、お望み通り来てやったぞ!! 今度こそ正々堂々真っ向から雌雄を決しようではないかっ!!」


 目当ての宿敵登場に、クロードは喜々として背中の剣に手をかける。

 しかしアルテマは『だれがやるか』と見えないように小さく舌を出した。


 手紙には一騎打ちどころか果たし状とも、なにも書いていない。

 だた〝来い〟と記しただけだ。

 それを勝手に誤解してやる気になっているようだが、あいにくさま。

 お前はこれから、私たちに集団でボコにされるんだよ。

 いかにも暗黒騎士らしく悪魔的な笑みを浮かべるアルテマ。


 帝国において、いわゆる騎士道なんてものは存在しない。

 戦いとは単純な生存競争であり、そこに格好を求めるのは命に対する冒涜だというのが帝国流。

 ただ、仁義がないわけではない。

 一騎打ちなんて遊びも何度か付き合ったことはある。


 しかしそれは相手が尊敬に値するほどの傑物だった場合だけ。

 クロードのような、見てくれと高いプライドだけの凡将には、義のある戦いなどもったいないし面倒くさい。

 だまし討ちと言われようが罵られようが、とっとと捕獲して縛り上げて言うことを聞かせるのが効率的というものだ。


「やれやれ、ま、いいだろう……時間にはちょっと早いが相手をしてやる。こっちへ渡って来るがいい」


 崩れかかった仮設橋梁には途中から丸太がかけられていた。

 それを渡ってやってこいとアルテマは言っているのだが、しかしクロードは動かず、胸を張って宣言する。


「断~~~~るっ!!」

 と。


「…………………………………………じゅるん」


 しばし無言のあと、麺をすするアルテマ。

 そして相変わらず意味不明なやつだと眉をひそめ、


「……お前いま……開門せよといったばかりじゃないのか?」


 肩を下げて聞き返した。


 むろん門などありはしないが、それはつまりここを渡らせろとの意志のはず。

 にもかかわらず、この対応。

 おちょくられているならまだマシで、これがコイツの平常運転なのだから頭が痛いとアルテマは額に汗を浮かべた。


「はっはっは、俺を甘く見るなよアルテマ。たしかに一騎打ちの申し出、受けはしたが、だがしかし!! お前の用意した場所でやるとは一言もいっていない!!」

「いや、だからいま開門せよと大声で」

「どうせお前のことだ、一騎打ちと見せかけて小賢しくも卑怯な罠でも張っているのであろう? 先日はそれでやられてしまったが……俺は同じ手には二度とかからんぞ!!!!」


 ビッと指を突きつけてくる。

 アルテマは努めて平静な顔を装っていたが内心思いっきり舌打ちしていた。

 実はグラウンドの中央には、昨日、元一らと徹夜で掘った大きな落とし穴が準備されていたのだ。その中にたっぷりの水と山ほどのデスソースを入れて。

 それがまさか予想されていたとは。


「むむむ……どうしよう。あいつ学習してるよアルテマちゃん」

「……そのようだな。おかしいな、あいつは何を覚えても三日ですべてを忘れる鳥頭だったはずなのだが……」


 計算が狂ったな、とヒソヒソ話す二人に向かってクロードが提案してくる。


「なのでお前がこっちに出てこいアルテマよ。こっち側の、この広場でなら受けて立ってやる!!」


 この広場とは崩れたプレハブ小屋のある、いつもの場所。


 そこの中央に立ち『さあ来るがいい』と両手を一杯に広げるクロード。

 どうしたものかとカレースープをすすり込みながらアルテマは次の対応を考えた。

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