第126話 夏のお見舞い状

「うぉのれあの痴女が!! 今度会ったらただじゃおかんぞ!!」


 包帯をぐるぐる巻きにしたクロードが仮眠室の畳に寝転んでいる。

 ラグエルに続きザキエルの魔法をも跳ね返され、舎弟もろとも素っ裸で竜巻に飲み込まれた。

 空中に放り出された彼らは幸いにも山の茂みに落下して、大きな怪我はなかったが、それでも打ち身、捻挫、打撲、切り傷、擦り傷、虫刺され、慢性的鼻炎、小さなダメージは無数にくらっており、この三日間ずっとこの部屋で寝込んでいた。


「意気込むのは結構ですが……あなた、いつまでこの部屋に住み着くつもりなんですか?」


 疑わしい視線を向けながら偽島は、ちゃぶ台の上に置いたティーカップに紅茶のおかわりを注ぐ。


「無論、アルテマを倒すまでだ!! 心配ない、ケリなどすぐに付けてやる。そうして私は聖王国に帰り15年ぶりの凱旋を果たすのだ、わはははははははは」


 どうせすぐいなくなるのだから、こっちでアパートを借りるのも馬鹿らしいと、バイト代とともに仮初かりそめの宿を求められた。

 ホテルを用意してやっても良かったのだが、どれほどの役に立つかは未知数だったので、とりあえず様子見として社内であまり使っていないこの仮眠室よじょうはんを開けてやった。

 働きが良ければもっといい部屋に変えてやろうと考えていたが、ここ何戦かのようすを見ると、それも難しそうだ。


「大丈夫なんですか? 先日はあの子供巫女ではなく、取り巻きの雑魚にまでやられてしまったと聞きましたよ?」

「ぐ……。し、しかしあれはほとんど不意打ちというかだな……。まさかあの逆神ぎゃくしんの鏡を持ち出してくるとは……さすがの私も思わなかったのだ」


「あなたが得意とする神聖魔法を跳ね返す鏡の装備……でしたっけ?」


「そうだ。神の意向に逆らいし呪いのアイテムだ。我がハイエルフの里で厳重に保管していたものだが……はるか昔〝ある者〟によって持ち去られてな。……おおかた出どころはそいつだろうが……く、油断したわ!!」


 そもそも一発目で気づけよな。

 と、偽島は思ったが、それを言うと十倍の言い訳(上から)が返ってくるので黙っておく。


「……それで、対策はできるのですか?」

「無論だ!!」


 クロードが返事すると同時にぐ~~~~っとお腹の虫がなった。


「……カップ麺でよければそこの押し入れに入っていたはずですよ? ……賞味期限は知りませんけども」

「そうか……いただこう」


 すなおに返事するとクロードは勝手知ったると言わんばかりに迷いなくカップ麺を見つけ出し、封を開け湯を沸かす。

 その後姿を見て偽島は『生活臭漂う聖騎士様もあったもんだな』と胡散臭そうに目を半開きにしてため息をついた。


「ん? 俺の顔になにか付いているのか?」

「いや……べつに……」


 それでも魔法が使えるんだよなぁ……こいつ。

 ならば、やはりそれなりに格式高い騎士だったんだろうなぁ。

 沸かしすぎて注ぎ口からポコポコ弾ける熱湯に怯えている姿を見るに、とてもそうは思えないが……。


 やがてお湯を入れ終え、キッチンタイマーで3分を設定するのを見届ける。


「……それで? その対策とは?」

「うむ、じつはな……」


 話を進める偽島に、クロードが顔を近づけたとき、

 ――――シュッ――――ビィィィィンッ!!

 突如、何かが物凄い速さで二人の鼻先をかすめ、壁に突き刺さった!!


「ぬおっ!??」

「むおっ!??」


 反射的に仰け反る二人。

 偽島は呆然と壁を、クロードは毅然と窓を睨みつける。

 わずかに開いた窓の隙間。

 そこから、その何かが飛んできたからだ。


「何者だっ!!」


 姿勢を低く、滑るように窓に接近し、開け放つ。

 暗闇に目を凝らすが、怪しい者の姿はどこにもなかった。

 わずかに気配は感じたのだが、見つけることができない。

 そのうち、その気配すらも消えてしまった。


「くそ……俺も勘が鈍っているか……」

「九郎さん、これ!!」


 悔しがるクロード。

 偽島が血相を変えて壁を指差す。


「クロード、だ。なんだ?」


 見るとそこには、魔法で形作られた黒い矢が深く壁に刺さっていた。


「ん!? ……この矢……どこかで?」


 見たことがあるなと思ったが、しかしそれよりも気になったのは、その矢にくくり付けられていた一結びのふみ


「……矢文か……こしゃくな」


 クロードは苛立った顔で、魔法の矢を壁からむしり取ると手に魔力を込めた。

 すると矢はパキャンと粉々に砕け散り、空間に溶けていった。

 残った手紙を広げ、読んでみる。



 暑中お見舞申し上げます


 厳しい暑さが続いておりますが

 いかがお過ごしでしょうか

 おかげさまで集落一同元気にすごしております


 さて先日は大変ご愉快なお手紙ありがとう御座います。

 お壊され頂いた船舶・車両などの落とし前 もとい お礼を兼ねて

 貴殿を 鉄の結束荘(旧蹄沢小学校)グラウンドにご招待して差し上げてご覧になってやろうと思っております。

 来場に関しては必ず貴方様お一人で

 どうしてもお心細いのでありましたら小便小僧一人くらいは同伴を許してやらんではないことでありまする。

 日時は明後日正午を予定しております

 不参加の場合 ご連絡は必要ありませんが

 末代に至るまでクロードはふにゃちんピー穴野郎と世間にふれさせて頂こうと思っております。


 酷暑の折からくれぐれもご自愛のほど

 お祈り申し上げます バ~~~~~~~~~~~~カ


 サアトル帝国近衛騎士団

 日本国サアトル大使館 大使代理


 暗黒騎士 アルテマ・ザウザ―



「ほっほ~~~~う……」


 読んだクロードの顔に、無数の怒りマークが浮かび上がった。

 なるほど、さっきの気配はあの連中の誰かだったか……。

 これはアレだな、先日の仕返し。

 それも真正面からの殴り返しととらえていいのだな?


「……わかった……望むところだ、受けてやろうじゃないか!!」


 メラメラと闘志を燃やすクロードに、


「……大丈夫ですか? 完全におちょくられていると思うんですけどね……」


 偽島は冷静につぶやいた。

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