第125話 おかえし

「……よし、では最後に私の名前を……ア・ル・テ・マより、と」


 慣れない筆ペンを使いながら、なんとか手紙を書き終えるアルテマ。

 書いてある文字は異世界語で、ぬか娘たちには読むことができなかったがその勢いのある筆跡から注文通り挑発的な内容なんだろうことはわかった。


「ありがとーアルテマちゃん!! じゃ、ゲンさんこれ頼んだよ!!」

「うむ、しかし矢文なぞ……さすがのワシも初めてじゃから上手くいくかはわからんぞ……?」


 手紙を受け取り、自信なさげに眉をしぼる元一にヨウツベが陽気に笑いかける。


「大丈夫でしょ、ゲンさんには百発百中の魔法の矢があるんですから」

「うむ……まぁそうかの?」


 ジルの話によればぬか娘の鎧(逆神ぎゃくしんの鏡)にかけられた呪いは、普通の魔法使いには解除できないほど高度なものらしい。

 エルフ族の、それもハイエルフと呼ばれる希少種たちにのみ伝わる解呪魔法『ラミニール』を唱えなければいけないからだ。


 師匠もハイエルフなのではないですか? とアルテマから問われたが、その魔法を使うにはハイエルフである血筋ともう一つ、神への敬虔な信心も必要になるらしい。

 わけあって神を裏切り、聖王国から帝国へと亡命したジルにはもう使えない魔法だということだ。


 なので解呪をするならば聖王国からハイエルフの術者を招いて行使してもらうしかないのだが、戦争中のいま、そんなことは不可能である。


 そこでジルが提案した可能性が『クロード』であった。

 彼は馬鹿なのだがれっきとしたハイエルフ。

 しかも馬鹿なのだけれど由緒正しい貴族で、馬鹿なのになぜか高位神聖魔法である『ラグエル』を使いこなす。

 なのでもしかしたら『ラミニール』の魔法も使えるのかもしれないと推測したのだ。馬鹿だけど。


 その話を聞いたぬか娘は「じゃあアイツ縛り上げて拷問にかけてでも魔法を使わせよう!!」と物騒なことを言い出したが、集落のメンバーは誰一人そんな彼女を止めなかった。

 このままあの馬鹿を放置していてもアルテマが健在である限り、永遠にちょっかいをかけてくるのだろう。ならばここらで決着を着けておいたほうが後々楽である、という思惑があったからだ。


 アルテマをなるべく集落の外に出したくないとの元一の要望もあって、誘い出す場所はこの集落内にすることにした。

 そしてその方法はズバリ矢文。

 前回やられたお返しというわけである。

 なのでアルテマに美味い誘い文句を書いてもらっていたというわけだ。

 

「ふむふむ、これがアルテマさんの字ですか。なかなか上手じゃないですか」


 ヨウツベが感心する。

 元一もうなずいて「そうじゃろうそうじゃろう」と上機嫌に笑う。

 節子はなぜか真剣な目でその字を凝視していた。


「そうか? ……まぁ仕事柄、書仕事も多かったからな。公式文書を醜い字で回すわけにもいかないし、自然にな」

「でも、筆ペンなんて初めてだと上手く書けないものですけどね」

「最初は戸惑ったが、すぐに慣れたぞ。よく書けるしなめらかだ。これなら質の悪い紙でも問題なくいけそうだな」


 帝国にも紙はあったが、質はこの世界のものと比べられないほどに悪かった。

 凹凸がはげしく、よくペン先を引っ掛けたものだとアルテマは懐かしく思った。


「異世界の筆記用具ってどんなのがあるの、アルテマちゃん」

「そうだなぁ……基本は羽根ペンか蝋石ろうせきだが、インクはかなりの高級品だったからな……果物の汁で代用して炙ったりしていたな」

「へ~~、炙り出しかぁ。やったなぁ……幼稚園のときとか。あのミカンの香り……なつかしいなぁ~~」

「ミカン?」

「うん。オレンジ色した甘酸っぱい果物だよ。冬になったら箱でもらえるから食べにおいでよ。とってもおいしいよ」

「おう。こっちの果物はどれも甘くてみずみずしくて素晴らしい。ぜひご馳走になろう」




 その日の夜。


 偽島組本社が入ったオフィスビル。

 その向かいのマンションの非常階段に、二つの影がうごめいていた。

 影の一つは弓を構えて、もう一つは望遠鏡を覗いている。

 矢文を撃ちにきた元一とヨウツベである。


「どうだ、あの馬鹿はいるか?」

「う~~~~んと……ちょっと待ってく・だ・さ・いね……っと」


 録画用のカメラを脇に、アニオタから借りたサーマルスコープで向かいのようすを観察する。

 オフィスビルと言っても、地方の小さなもので高さは15階程度。

 偽島組はその5階に入っていた。

 元一たちはその少し上、6階付近の非常階段に身を潜ませていた。


「なんだかこういうの、殺し屋になったみたいで面白いですね」

「……実際いまから矢を射るんじゃからやってることは大差ない。それより防犯カメラは大丈夫なんじゃろうな?」

「カメラのことなら任せてくださいよ。死角なくすべてのカメラを見えなくしておきましたから」


 ヨウツベが自信満々に親指を立てる。


「う~~む……」


 元一は後ろにある防犯カメラを見上げて、苦笑いする。

 そのカメラはスプレーでペンキを吹き付けられ、目隠しされていた。

 ヨウツベの仕業である。


「……こういうのも器物破損とかになるんじゃないのかのぉ」


 不安げにつぶやく元一だったが、これもすべてアルテマの為にやってくれていること、多少の悪事くらい目をつむるし、手も染めよう。

 そう思い言葉を飲み込んだとき、


「あ……ゲンさん見つけましたよ。クロードです」


 ヨウツベの指差すその先。

 小さな窓の向こうに、美形なんだけどもムカつく顔をした男クロードが不機嫌に何かをわめき散らしていた。

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