第88話 精霊召喚

「――で、早速ですがお師匠……こちらの件も解決していただけますか?」


 栄典の儀もそこそこ、アルテマは言いにくそうに一本のケーブルを懐から取り出した。

 取引は終わっていない。まだ一つ残っているのだ。


『そ、そうですね……じゅるん。そちらの仕事もさせてもらわねばなりませんね。わかりました、ではアルテマ、現場への移動をお願いいたします』

「はい、ではお師匠こちらへ」


 アルテマが歩を進めると開門揖盗デモン・ザ・ホールの映像も一緒についてくる。

 向かったのは、結界に包まれ歪んでしまっている校舎の裏側。

 そこから延びる電線その他のケーブルが繋がった電柱の側だった。


「あちらが問題のケーブルでございますお師匠」


 見上げる電柱にはいくつもの線が繋がっているが、アルテマはアニオタに教えてもらった一本をジルに指し示す。


『はぁ…………これが異世界の科学を支える『でんちゅう』と『でんせん』なのですね。随分と遠くまで延びているようですが一体どこまで繋がっているのでしょう?』


 画角から見えるだけの遠方を覗き見て、ジルは感嘆のため息をもらした。


「は、調べたところによれば遥か彼方、この国の端から端まで余すことなく張り巡らされているようすです」

『端から端……!? そちらの国『日本』とは、もしかしてあまり大きくない国なのですか?』

「いえ、面積は我が帝国の五倍はあり、人民は100倍近く住んでいるもようです」

『そ、そうですか……そんな強大な国家の端から端まで……余すことなく……。それは……にわかには信じ難い話しですが、あなたが嘘をつくはずはありません。きっと事実なのでしょう……』


 一本の電線から日本の実体を垣間見て、ジルは冷や汗を流し、ルナに至ってはいろいろ想像してしまい震え上がってしまっている。

 もし、何かの誤解で敵対関係に陥ってしまったらとか考えているのだろうか?


「というか、せっかく薬も届けられたんじゃし、こっちの要件は後日でも良いんじゃないかアルテマよ。ジルさんも一刻も早く治療に向かいたいじゃろうしな」


 異世界の現状を心配し、そう提案してくれる元一だが、


「いや、申し出はありがたいが、これは開門揖盗デモン・ザ・ホールに誓った厳粛な契約なのだ。これをせずして魔法を閉じてしまえば契約違反とみなされ、司る魔神の怒りを招いてしまう」


 アルテマは厳しい顔で説明した。


「司る魔神? ……怒りに触れるとどうなるんじゃ?」

開門揖盗デモン・ザ・ホールを司るのは魔神ヘケト。時空と重力を操る超級悪魔だ。彼女の怒りを呼び起こしたが最後、不履行を働いた術者は一瞬のうちに万力の力に巻かれ、時空の彼方へと飛ばされてしまうだろう」

「そ、そ、そ、それって……ぺしゃんこに押しつぶされてブラックホールへと吸い込まれちゃうってこと……?」


 説明を聞いていたぬか娘がガクガクブルブルと震え上がる。


「うむ、まあそんなところだな。平たく言えば即死だな」


 あっさり言い切るアルテマと、静かにうなずくジル。


「ぜ、全力で力を貸してくだされジルさんや!!」

「そ、そ、そうねそうね、さ、さ、さっさと約束を済ませましょう!! そうしましょう!! てか物騒過ぎない!? 開門揖盗デモン・ザ・ホールって!!」

「そりゃ、帝国でも指折りの秘術だからな。術が強力ならその代償も大きいのは世のことわりよ。本来、そうそう簡単に使って良い術ではないのだ。事態が事態だけにいまは頻繁に使っているが、私も師匠もそれなりに命を張っている」

「そ、そうか……ではこれからは極力使用を控えねばならんな……」


 アルテマの身を案じ、元一が険しい顔で言ってくる。

 その後ろでは節子もその通りだと深く頷いているが、


「もちろん乱用はしない。しかしいましばらくは使っていかねばならないだろう。なに心配するな、要は使い方だ。無茶な約束や、不慮の事故でもない限りそうそう魔神の怒りを買うようなヘマはしないさ」


 アルテマは二人を安心させるように、努めてお気楽に満面の笑みを浮かべて見せる。そして再びケーブルを指差し、


「ささ、師匠、皆に心配をかけぬよう早く契約を済ませてしまいましょう」

『そうですね、大丈夫ですよ皆さま。私とて死にたくはありませんからね、出来もしない約束など軽々しく誓ったりはいたしません。この程度の仕事、たやすくこなして見せましょう』


 微笑むと、ジルは画面の向こうで空間を丸く撫でる。

 と、その軌跡にそって異世界の言葉だろうか、それとも魔法固有の言語なのだろうか、見たこともない文字が光りの帯となり浮かび上がる。


『地の獄に蠢く土の精霊よ、いまこの精を贄に目覚めよ。司りし従属を従え、我の願いに奉ずることを命ずる――――いでよ、ゴーレム』


 ジルが呪文を唱え終わると、光の帯は魔法陣の形を成し、まばゆい緑の光を生み出した。そしてその光は開門揖盗デモン・ザ・ホールを介して現世へと通過し、彼女の指し示すケーブルへと絡み始めた。


「「おお……」」


 初めて見るジルの呪文に感動の声を上げる元一たち。

 異世界から時空を越えて届いている事実にも感動する。


 ――――ぱあぁぁぁぁぁぁぁぁ……。


 魔法を受け緑の光を纏ったケーブルは、懐かしのネオン光のように派手に輝き、その瞬きは猛スピードで、遥かに延びる彼方へと川の向こうへと消えていった。



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