第89話 一件落着しましたが、

 ぴく……ぴくぴくぴく……。


 蹄沢ひずめさわ集落と隣の集落との境目に立つ、とある電柱。

 そこから一本のケーブルがぶら下がって、ゆらゆら揺れていた。

 電柱の足元には『工事中・立入禁止』と表示されたA型バリケードが囲うように置かれており、誰も近づけないように一応の配慮がされていた。

 垂れ下がったケーブルは言わずもがな、偽島組が交渉材料に切断したケーブルネットワーク用の配線である。


 ――――ぱあぁぁぁぁぁぁぁぁ……。

 ジルの呪文とともに放たれた緑の光は、いまそのケーブルの先端まで到達した。


 ぴく……ぴくぴくぴく……。


 緑の光に包まれたそのケーブルは、まるで命を吹き込まれたかのようにぴくぴくと痙攣し始め、やがて蛇のようにムクリと先端を持ち上げると、切れたもう片方の先端を探し始める。

 ほどなくして自分が繋がるべき相方を見つけると、他のケーブルを伝ってにゅるにゅるとその側まで近づいていった。


 ある程度まで近づくと長さが足りなくなって進めなくなるが、そこから先は自身の身体(金属)を増殖させて伸びていく。そして、同じく垂れ下がってしまっている相方を手繰り寄せると、その切断面に吸い付き、しゅるしゅるしゅると金属線を複雑に絡めて自身を自己修復していった。


 地の精霊召喚。


 地に宿る精霊に語りかけ、その属下にある物質に仮りそめの命を与える召喚魔法。

 命を与えられた物質はゴーレムと呼ばれ、術者の命に従う忠実なしもべとなる。

 いまこの通信ケーブルは、ジルに従うゴーレムとして命を与えられた。

 命令内容は『本来の仕事を遵守せよ』

 その命に従い、通信ケーブルとしての己の役割を果たそうと全力を尽くす。

 やがて切断面の修復が完全に終わると、ゴーレムは己の守護のため、周囲から砂粒を集めはじめケーブルカバーの代わりとした。


 一仕事終えたゴーレムの次の仕事は『警戒』

 二度と切断などされぬように神経を尖らすことだった。

 もし、次に自分を切ろうとする不逞の輩が現れたら、そのときは主人の命を守るため彼は抵抗するだろう。


 ――――魔族の守護者、アイアンゴーレムとして。





『――――ふう。終わりました。……どうやらうまくいったようですね』


 集中を解き、緊張を和らげ息を吐くジル。

 その顔は契約を無事に果たした安堵と充実に満ちていた。


「う……うおぉぉぉぉぉ!!!! 繋がった!! 繋がったでござるぞ!! ワイファイが届いているでござる!!」


 スマホを掲げ、歓喜の声を上げながら走ってくるアニオタ。

 本当に繋がってくれるのか、呪文発動と同時に六段の家まで確認しに行ってもらっていたのだ。

 大興奮しながらスマホをフリフリ走ってくる彼を見て、


「やったぁアルテマちゃん!! これでモジョとヨウツベさんも助かるのね!!」


 ぬか娘がアルテマに抱きついてくる。

 頬を合わせぐりぐりと擦られつつ、


「あ、ああ……これで偽島組の奴らの企みも台無しになったな。あの青二才の悔しがる顔が早く見てみたい……ってやめろやめろチチを揉むなチチを!!」

「ふう……ならばケーブルTVの方も見られるはずじゃな。やれやれ、これでまた時代劇が楽しめるわい……一話ぶんは見逃してしまったがな」

「ふうふうぜえぜえ……そ、そ、そ、それなら、見逃し配信があるでござる。ぼ、ぼ、ぼ、僕が後で調べて見せて上げるでござるよ元一殿……ふうふう」

「なに!? そんな便利なものがあるのか……? ううむ……いまいちわからんが観れるとなれば嬉しいの、では頼んだぞアニオタよ」

「ふむふむ……ならばもう、結界を解いてやっても良いということじゃな?」

「まてまて、占いさん。二人にはまだ一匹ずつ悪魔が取り憑いているんだろう? 迂闊に開放してもいいものなのか?」

「腕っぷしのわりには気の小さいことを言うのう六段や。……心配するな、取り憑かせたのは悪魔と言っても、大人しい犬ころの彷徨さまよい霊じゃ。開放したらすぐに除霊して輪廻に返してやるわい」

「おかげさまでこちらの問題も解決出来そうです。師匠、ありがとうございました」


 ぬか娘にまとわりつかれながらもジルへの感謝を忘れないアルテマ。

 その賑やかな光景をみてジルは優しく微笑むと、


『いいえ、私の方こそ礼を申さねばなりません。アルテマ、そして何より異世界の同士の皆様。此度の多大な援助、皇帝陛下に代わり心より感謝申し上げます』

『ますにゃん……くっ』


 ルナとともに深々と頭を下げた。

 ルナはさらに膝を折り、契約にしたがい語尾に『にゃん』を付けるのも忘れなかった。


「なあに、礼には及ばんよジル殿。お互い等価で条件を出し合っとるんじゃ、感謝の気持ちは大事じゃが、堅苦しいのはなしにしようや」


 元一が気さくに笑い、手を振る。

 見た目は全然違うが、この二人、ほぼ同い年なのでその方が楽なのだ。

 ジルもそんな元一の気持ちを察し『はいそうですね♪』といたずらっぽく笑った。

 その顔に少しだけ見とれてしまう元一のお尻を、節子がつねった。

 ジルはつと視線をアルテマに落として尋ねる。


『これで、ひとまずは落着したと思いますが……。アルテマ?』


 ジルの問いかけにアルテマは、


「なんでございましょう?」


 と、突然あらたまったジルの態度に小さく首をかしげる。


『こちらの世界へ帰ってくる手段は、もう見つかりましたか?』


 その言葉にアルテマは固まる。


 元一も節子も、飲兵衛もアニオタも固まる。

 ぬか娘はアルテマをギュッと強く抱きしめ。

 唯一感情を揺らさなかったのは占いさんだけだった。

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