第87話 欲深き者②

「ぐのゔぉゔぉゔぉぉぉぉぉ~~~~ね、ねゔぁ~~~~ぎぶあっぷでござるぅぅぅぅっ!! たとえ背骨が折れようとも~~ここは譲れんでござるにぃぃぃぃぃぃ」


 六段に思いっきり逆エビ固めをきめられながらも、アニオタは頑として要望を取り下げることはなかった。


「貴様~~~~っ!? この一大事に何をふざけたことを言っておるんだ~~~~~~~~!?? 見ろ、時空を超えてあきれ顔が届いておるわ!! 貴様は我らが世界の面汚しじゃ~~~~っ!!」


 ギリギリと、さらに力を込める六段。

 その光景をジルが開門揖盗デモン・ザ・ホールの向こう側から、困り顔で見つめていた。そしてその隣に控えているルナは頭を抱えて床に突っ伏している。


 アニオタが出した要望は、

 一、 ルナ殿は今後、斎藤順(アニオタ)の前では、必ずにゃん語を使い続けること。

 二、 ルナ殿は今後、斎藤順(アニオタ)のことを『おにいたん』と呼ぶこと。

 の二つであった。


「ええい貴様、山でのサービスに味をしめおったな!! いたいけな婦女子にこんな恥ずかしい言葉遣いを強制するとは。恥を知れい!!」

「ろ、六段さん、そ、そ、それは誤解でござるよ!! にゃ、にゃ、にゃん語はけっして恥ずかしくもふざけてもない言葉でござる!! も、も、も、萌え界において語尾に『にゃん』を付けると言うことは、し、し、社交界においてのダンスマナーと同じ、あ、あ、あ、相手を思いやり慈しむ気持ちにつながるのです。で、で、で、ですのでこれは立派な異世界交流にもとずいたコミュニケーションの一貫として――――あっ!!」


 ボキッと背骨が鳴った。


 まあ……言っていることの半分は、いや九割がたは理解できないが、どうせ一度はやったこと。言葉使い一つで条件が満たせるのなら悪い話ではないのかしら? と思うジル。

 ちなみに 金目の天秤はばっちり中央を指している。

 この条件を飲み込めば、双方過不足なく取引が成立すると言うことだ。


『ルナ……お気持ちはお察ししますが、よろしいですか? もちろん、このことは先日のお芝居と合わせて極秘事項とさせます。アニオタ様とお話する場合は人払いをすることも約束しましょう。どうか、街の人達の為に、あなたの自尊心をほんの少し犠牲にしてはいただけませんか?』


 先日の小芝居がよっぽど恥ずかしかったのだろうか。もう一度、いや、今日よりずっとあのキャラを演じなければならないという屈辱に、頭を抱えたまま尻尾を巻き上げ、うずくまるルナ。


 彼女の本来の姿は獣魔人突撃隊、小隊長。

 半獣半人の屈強な猛者どもを率いて戦場で暴れまわる戦斧の達人である。

 そんな彼女が、しかしそれでも意を決した表情で、よろよろと立ち上がる。


『だ……大丈夫です……ジル様。わ、わ、私ごときのプライド一つで国人が助かると言うのなら……この誇り、砕け散っても惜しくありません……だにゃん……くっ』

「うっひょ~~~~~~~~!!」


 大興奮するアニオタ。


『で、で、で、ではこれからもよ、よ、よ、よろしくお願いもうしあげ……いや、ごほん、よ、よろしくだにゃん、おにいたん』


 そしてゆでダコになるルナ。


「おにいたんキターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 しどろもどろ、ぎこちなく、目を合わさず恥辱に頬を染め言うその仕草に、アニオタはもう背骨など何本折れても惜しくないと飛び跳ねる。


「うむ、では契約成立ということで。さっそく転送を始めましょうかお師匠」


 いろいろツッコみたいことが満載だが、いちいち相手をしていては日が暮れてしまう。今日はルナに泣いてもらうことで手打ちとし、アルテマは早々に呪文を唱え始めた。

 合わせてジルも唱え始める。


 そして――――開門揖盗デモン・ザ・ホール!!


 結びの力言葉を揃えると、まばゆい銀の光が一面を覆い尽くす。

 やがてそれが和らぐと、アルテマの足元には300万円ぶんの砂金と、ジルの約束状が届いていた。

 そして異世界にはいつくもの大風呂敷に包まれた大量の腹薬と浄化剤がしっかりと送られていた。

 それを見、両手を握り合わせ感涙にむせぶジル。


『ありがとうございます。これでこの街の住人は全て助かります……お年よりも……妊婦も……こ、子どもたちも……ぐすぐす……ぶわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん』


 救済のメドがつき、緊張の糸が途切れたのか、ジルはその綺麗な顔をくちゃくちゃにして泣いた。

 毒にもがき苦しむ数千にもおよぶ住人を、けっして多くはない部下たちとともに加療して回っていたのだ。

 しかし、してやれることと言えば呪文で体力を回復させてやる程度、しかもその呪文ですらジル以外では数人程度しか使い手はいなかった。

 力及ばず、命尽きる者が絶たない中、それでも心折ることなく奔走し続けた彼女の苦労は、語らずともアルテマや集落のメンバーは理解していた。


「いまここに、側に居られぬ不肖な弟子をお許しください。私は……自分の不甲斐なさに腹が立ちます」

『何を言いますかアルテマ。此度の成果はあなたなくしてはありえませんでした。異世界の方々の感謝はもちろん筆舌に尽くし難いことではありますが、アルテマ、あなたへの感謝も、私も、皇帝も、そして国民みなも忘れてはいません。帝国暗黒神官長ジル・ザウザーの名において、あなたにバフォメットの勲章を授けましょう』


 ぐじゅぐじゅに鼻をすすりながら、それでも凛と背を伸ばし、正式にアルテマの労をねぎらうジル。

 アルテマは地に膝を付き、頭を垂れながら、その栄誉を受け取ったのであった。

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