第65話 偽島組⑦

「く……お、おのれまたしても……この得体の知れぬ子供巫女め……。お前はいったい何者なんです……?」


 最後に残っていた現場監督も川へ飛び込み、とうとう一人となった偽島は、燃える黒炎を背後にアルテマを睨みつけた。


「貴様ごときに名乗る名など、この『帝国近衛暗黒騎士アルテマ・ザウザ―』持ち合わせてなどおらぬわっ!!」


 勝ち誇ったように胸をそらすアルテマだが、


「「いや、言ってる言ってる」」


 その後頭部に皆の突っ込みがプスプス刺さった。


「アルテマ……? 暗黒騎士だと?」


 服装と話のイメージがてんでバラバラ、それ以前にあり得ない肩書を言われ理解が追いつかない偽島。普通なら所詮は子供の妄想遊びだと一笑に付するところだが、しかしこの少女の不思議な力は紛うことなき現実である。

 前回は、炎を消すところしか見ていなかったが、今回は術を使う一その部始終を目の当たりにした。

 何か仕掛けがあるのかと疑いもしたが、今朝がた組み立て始めた鉄橋に、何か細工をする隙などどこにもなかったはずなのだ。

 火炎瓶や、燃焼物の投下などの気配もなかった。


 これはもう……やはり妖術や魔法の類としか……。

 そこまで考えて、ハッと我に返った偽島は慌てて首を振る。


 妖術や魔法?

 は……ははは、ばかな、そんな話などあるわけがない!!

 やはりこれは、こちらにに解らない何か巧妙な仕掛をしたに違いない!!

 そうに決まっているんだ!!


 ともかく今は形勢が不利だ。

 偽島は踵を返しこの場はひとまず退散しようと、


「……おい、火を消してくれないか」


 したところで、いまだ轟々と燃え盛る灼熱の黒炎に行く手を阻まれアルテマを振り返った。


「ん? だからそれは村神の祟だと言っただろう? 私に言ったところでどうにもならんぞ?」


 ニヤニヤと含み笑いを浮かべつつ素知らぬ顔を作るアルテマ。


「ふざけるな……原理はどうあれ、これがお前らの仕業だということはもうわかっているんだ。いいから消せ!! さもなくば……」


 さもなくば、部下をけしかけるぞと言おうとしたが、その部下たちはプカプカと川のせせらぎに運ばれて静かに遠ざかって行っている。

 すこし考えた偽島は、携帯を取り出し。


「さもなくば消防と警察を呼ぶぞ」


 と、何とも情けない脅しを仕掛けてくる。


「どうぞどうぞ、それはご自由に」


 当然ながらそう返事をしてあげるぬか娘。

 呼ばれて厄介なのはあるにはあるが、魔法で火を点けた事実など、すっとぼけてしまえば頭がおかしいと思われるのは向こうである。

 それに――――、


「あ、熱、あつ!?」


 ジリジリと燃え広がっている黒炎は徐々に偽島を端に追いやり、今から消防に連絡してもとても間に合いそうにない状況。

 作りかけの鉄橋はちょうど川の一番深いところで途切れており、偽島はそのギリギリの端まで、すでに下がっていた。

 これ以上、炎が近づくともう川に飛び込むしかないが……。


「お……おい、待ってくれ。わ……私は、実は泳げないんだ!! 頼む、洒落にならんから……すぐこの炎を消してくれ!!」


 両手を上げ、冷や汗だくだく。

 顔を引きつらせながら訴えてくる偽島。

 まさかのカミングアウトにアルテマはプッと笑うと、


「なんだ、こちらの蛮族は泳ぎも出来んのか? やれやれますます滑稽だ。……そうだなぁ、たしかお前……この橋を渡るのに何か条件を付けていたなぁ……一万円がどうとか?」

「な……き、貴様……この状況で俺を強請ゆするつもりか!?」

「お前が言うか? それに強請るとは人聞きの悪い。言っただろう? これは村神様の祟だと。……祟を鎮めるにはお祓いが必要だ。そしてお祓いをしてもらうにはお布施が必要だとは思わんか?」


 ヒラヒラと赤い袴をひらつかせてみせるアルテマ。

 この世界の神社に関する一通りの常識は、この役回りを扮するとなった時にタブレットで勉強した。


「まあ……どうしても、とは言わんがな。金を払って祟を鎮めていただくか、それとも無様に川に飛び込んで水を飲むかはお前の自由だ好きにせよ」


 言ってアルテマは背中を向ける。

 元一はじめ他のメンバーもみな同情できんとその後に続いた。

 ぬか娘にいたってはアッカンベーまでお見舞いする。


「く……!! い、いいのか、私にこんな事をして!? お前たち、この橋が使えなければその何も無い寂れた集落に孤立するんですよ!! そうなれば本当に困るのはどっちになるかよく考えてみろ!!」


 脅迫まがいにそう叫んでくる偽島だが、元一は白け顔でそれを振り返り、


「……そうか、ならそれはそれで構わんよ。食い物なら自分たちで育てておるし日用品も自作でどうとでもなる。半年だろうが、一年だろうが封鎖すればいい、戦後の貧困を生き抜いた年寄りの生活経験値をなめるなよ?」


 この温室育ちの若造が、と、まるで相手にしない。


「私たちもね、食べ物は畑を手伝っていつも分けてもらってるし、それ以外はダラダラ生きているだけだから、べつに良いよね? 集落ここから出られなくなっても?」

「ま、困ることも……少しはありますが、どこかに出勤するわけでもないですし」

「む、む、む、むしろ無駄遣いしなくていいかもしれないでござる。合法的に引きこもれるでござる、言い訳が立つでござる、もう一生閉じ込めて欲しいくらいでござる、ぐふふふふ」

「とのことだ、残念だったな。では新鮮な水をたっぷりと味わうがいい」


 手を振り立ち去ろうとするアルテマ。

 そこにほとんど悲鳴と化した偽島の叫びが追いかけてくる。


「わ、わかった!! 払う!! 一万だろうが十万だろうが払う!! 払うからこの火を消してくれ、あちちち!! 落ちる、もうダメ、マジで限界だっ!!」


 すでに黒炎は橋全体を埋め尽くすように広がっていた。

 逃げ場がなくなった偽島は、まるで森のメガネザルのごとく鉄板の端にしがみつき、全身を炙られながら泣き叫ぶ。

 よほど川に落ちるのが怖いらしい。

 懐から財布を取り出すと、がむしゃらにアルテマ達に投げつけてきた。


 舞う千円札に五千円札。

 そして一万円札に若者三人が飛びつき川にジャンプすると同時に――――、


「命も張れぬ覚悟で人に喧嘩を売るものじゃないな」


 見下げ果てたように見下ろし、アルテマはパチンと指を鳴らしてやった。


 途端に収まる地獄の黒炎。


 半べそをかきながら橋の上に這い上がる偽島。

 冷や汗と鼻水まみれになってその場に座り込んだ。

 ズボンから滲み出た液体が、まだ熱い鉄板に広がりシュウシュウと音を立て臭い湯気を上げていた。

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