第64話 偽島組⑥

「い……一万円って……」


 なにを無茶苦茶言ってるの、と偽島を睨みつけるぬか娘。

 その子供じみた金額からこっちをおちょくっているのは明白だ。


「馬鹿な事を言うな、いいからさっさと道を直してもらおうか?」


 元一も同じく睨みつけ、できれば胸ぐらでも掴んで威圧してやりたくなるがまだ橋は完成していない。

 相手との距離は川を挟んで10メートルほど開いている。

 いっそのこと川に飛び込んででも向こうに渡ってやりたいが、こんな青二才の為にずぶ濡れになってやるのも馬鹿馬鹿しいと、怒りをグッと抑えた。

 そんな元一の様子をみて、ますます余裕を深めた偽島は、


「やれやれ怖い怖い、これだから民度の低い田舎者は困りますね。……しかし直せと言われても我々にもスケジュールと言うものがありましてね? いま新たに工事の依頼をされても、取り掛かるのはこの仕事が終わってからになります」


 そう言って、パネル工事の企画書をポンポン叩いてみせる。


「はやく道路を通れるようにして欲しければ、これ以上邪魔しないことですね。さもなくばあなた方は、先程ご自分で仰った通り、ずっとこの何もない限界集落に取り残され、孤立してしまうことになりますよ?」

「……ほう……自分たちでやっておきながら、随分と面の皮が厚い事を言うものじゃのう?」

「人聞きの悪い事を言わないで下さい。何か証拠でもあるというのですかな? なければおかしな言いがかりを付けられたとして名誉毀損で訴えさせてもらってもいいんですよ?」

「証拠って……じゃ、警察でも呼ぶ!?」


 ムカつく言い回しに、みんなを見回してムクれてみせるぬか娘。

 しかしみんなは「ぬ~~~~ん」と難しい顔をして鼻にシワを作っている。


『道を誰かに爆破されました。捜査してください』


 と、言えばとりあえず動いてはくれるだろうが、しかし死人も怪我人も出ていない微妙な状態。ならばやる気のない田舎の警察など……適当に自然災害で片付けてしまいそう。

 それに昨日の車両炎上騒ぎもある。

 そこを捜査されたらなんだかややこしい事になりそうな気がして気が進まない。なにより公の場にアルテマをさらけるようなことは絶対に避けたいと、みなは考えていた。


「さあ、どうします? これ以上工事の邪魔をしないと約束するのならば、特別に橋を無料で使わせて上げてもい良いですし、崩れた道路も安心価格で修復して差し上げましょう」

「なによ!! だから、壊したのはあんたらでしょ!? それを――――」


 いけしゃあしゃと無茶苦茶な交換条件を突きつけてくる偽島に、ぬか娘は、もう我慢ならんと川に飛び込もうとするが、それをアルテマが制した。


「待て、ぬか娘。剣も魔法も使えぬお前が行ってもどうにもならん」

「で、でもアルテマちゃん!!」

「任せておけ、あんな口しか回らん男、私の魔法でまたビビらせてやろう」


 なおも食い下がろうとするぬか娘を後ろに下げて、アルテマは偽島の対面に立つ。


「……おやおや、またあなたですか……。と言うことは。今度もまたあのおかしな火の術で私も使うつもりですね? ……しかし同じ手は二度と通用しませんよ?」

 

 一晩休んで目が冷めた。

 昨日のアレはどうせ何かのカラクリだ。

 ならば対処など簡単にできる。


 言って片手を上げ、後ろの作業員達に合図を送る偽島。

 すると作業員達はみな一斉になにか赤い鉄の塊を取り出して見せた。


「さ、これであの手品も通用しなくなりました。かわいい巫女さん、あなたではもう私達を止められませんよ?」


 どうだこれが大人の戦い方だと、得意満面に笑う偽島。

 アルテマは気付かれないように婬眼フェアリーズと唱えて、それを鑑定する。


『消化器。火の精霊を弱らせる粉を吹き出す武器。鈍器としても使えるよ』


「――――ふん、愚かな」


 その解析を確認したアルテマが偽島を鼻で笑う。


「愚か? ……私の何が愚かだというんです。くだらない郷土愛で変革を受け入れられないあなた方の方が、よほど前時代的な愚か者だと思いますがね」

「私の術は、そんな玩具で消せるほど甘くはないぞと笑ったんだよ」

「――――は?」


 そしてアルテマは怒りのオーラとともに手を天に掲げ、呪文を唱え始める。


『地獄の業火よ、我の業をその贄とし、零鱗をこの地に具現せよ――――黒炎竜刃アモン!!』


 ――――ドゴッ!!!!

 結びの力言葉と同時に、橋の上に巨大な黒の炎が巻き起こった!!


『ぐわぁぁっっぁぁぁぁっっぁぁぁぁぁっ!???』


 一気にその黒炎に飲み込みまれる作業員たち。

 背後に上がった騒ぎに一瞬たじろぐ偽島だが、すぐに気持ちを立て直すと、


「お、お前たち慌てるな、これはただの手品だ!! どうせ油でも仕掛けて火を点けたんだろう。落ち着いて消化器を使え!! 消してしまえばどうと言うことはないっ!!」

「は……はいっ!!」


 指示されるまま、みな一斉に消化器を噴射させる。

 ぶしゅーーーーーーーーっと勢いよく消火剤が巻かれ、辺りが白く染まるが、


「か、課長!! こ……この火、ぜんぜん消えませんぜっ!!??」


 すぐに現場監督の悲鳴混じりの声が返ってきた。


「なに!? 馬鹿なそんなはずはない!! もっとよく火元を狙えっ!!」


 しかし黒炎は消えるどころか弱まる気配すらない。


「ぐああああっ熱ちちち!! もうダメだ!!!!」


 次第に熱さに耐えられなくなった作業員たちが、次々と川に飛び込んでいく。

 馬鹿な……ただの油の火なら、とうに消化出来ているはず……。

 パニックに陥る部下たちを、呆然と見つめる偽島。

 天を焦がさんばかりに燃え盛る炎を眺めアルテマは、


「我が黒炎竜刃アモンは地獄の悪魔が持つ炎。そんな陳腐な粉程度でどうにかできる代物ではないは!! 残念だったなぁ!! わ~~~~~~~~はっはははははははははははははははははははははははははははははははぅ!!!!」


 ここぞ暗黒騎士の見せ所とばかりに出来るだけ迫力のある高笑いを上げる。


 しかしそれとは裏腹に、温度はしっかり調整してある。


 深い怪我人や死人などを出してしまっては、恩ある元一や節子に責任を感じさせてしまうかもしれない。だからこんな相手だが、充分に手加減はしてやっているのだ。


 そうでなければこんなイラつく連中など、鉄橋ごと灰にしてやっても良いぐらいなのだ。

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