第55話 皇帝の期待

 ――――それからだいたい一週間後の昼下がり。


 モジョらの部屋で、黄色い磁気ディスクによるアイスホッケーレトロTVゲームに夢中になっていたアルテマの頭上に『から~~んころ~~ん』と魔法の呼び出しベルが鳴り響いた。


「……ぬお、びっくりした……」


 徹夜でネット対戦からの続きで、すっかりボケボケになったモジョは、本当に驚いているかわからない微妙なリアクションで声を上げる。


「はにゃ……なになにもう朝……やだよ、仕事はやだよ……もう行きたくないよぅ」


 同じく徹夜だったぬか娘はすっかりダウンして、夏布団に包まりながら悪夢にうなされている。


「目覚ましではないっ!! 師匠からの呼び出しのベルだ。どうやら我らが望んだ品を用意出来たようだな――――ええい、しかしちょっと待て!! いま大事な場面なのだ!!」


 ゲーム内でキャラが乱闘している。

 アルテマとモジョは互いに負けじとボタンを猛連打する。


「あの~~~……鳴ってるよ~~。大事な連絡なんじゃないの~~」


 ベルの音を聞きつけたヨウツベとアニオタが階下から声をかけてくるが、


「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

「……ま、まけるかぁ~~~~~~……」

「無理~~……働くの無理~~~~しくしく……」


 三人には聞こえてないようだった。





「返信が遅くなってすみません師匠。ちょっとその……異世界の文化研究に夢中になっておりまして……」


 ジルに返信を返したのはそれから10分後、きっちり1ゲーム終わらせた後だった。


『まぁ、そうなのですか……それはご苦労様です。今やあなたは我々とそちらの皆様との架け橋になる存在。文化を学び理解するのは今後の互いの交流にとってとても重要で素晴らしいことですわ』

「……は、恐れ入ります」


 良心の呵責に頭をポコスカ殴られながらアルテマが頭を垂れる。


「……して、師匠。例の品はご準備していただけたのでしょうか?」

『はい、もちろんです。この一週間いろいろ苦労しましたが何とか揃えることが出来ました。さ、お前たち運んでちょうだい』


 映像の向こうでポンポンと手を打つジル。

 すると幼い弟子たちが手に大小様々な宝箱を持って入ってきた。





『――――欲魔の秤目ヘルス


 集落の皆を集め、薬の入った袋を用意してもらったアルテマ。

 ジルはそれを確認すると何やら知らない呪文を唱えてきた。

 欲魔の秤目ヘルスと呼ばれたその呪文を唱えると、ジルの目の前に黄金に輝く天秤の針が出現する。

 その針はゆらゆらと揺れ、やがて目盛りの中央でピタリと止まった。


『……良かった。どうやら『金目の天秤』は上手く釣り合ったようです』


 ホッとした顔でジルがその針を見て微笑んだ。


「師匠、この呪文は?」

『……これは皇帝陛下から直々にお教えいただいた、開門揖盗デモン・ザ・ホール 専用の判定呪文です。これを唱えれば金目の天秤の傾きを直接目で見ることができるようになるのです』


 言ってジルは用意した宝箱を一つ部屋の外へ引っ込ませた。

 すると金色の針がゴトンとアルテマ側へと傾いてくる。

 つまり、釣り合いが崩れたということだろう。


『はい、もうわかりましたね。これからはこの針を参考に品を選べば効率良く交換ができるようになるはずです』

「「おお~~~~」」


 ぱちぱちぱちぱち。

 と集落のメンバーがささやかな拍手と喝采を上げる。


「……こんな便利な呪文があったのなら、なぜもっと早くに使ってくれなかったのですか」


 この呪文を使えば針を見ながら釣り合いを取ることができる。……前回、開門揖盗デモン・ザ・ホールを連発して魔力を削りながら一回一回確認していた作業は何だったのか?  

 恨めしそうにアルテマがジルを睨むが、


『私もつい先日教えてもらったのですよ? 知っているでしょうが開門揖盗デモン・ザ・ホール は我が国の命運をも左右する最強魔法の一つ。その全貌は宮廷神官長たる私にも全ては教えられておりません。今回の欲魔の秤目ヘルスも本来ならば皇家一族にしか伝わっていない秘術なのです』

「はて、天秤の針が見えるようになるのがそんなに大事な秘密なのかな?」


 ぬか娘がハテナと首をかしげると、


「……そりゃ大事だろう。ただでさえ反則級の転移呪文だぞ……それをさらに使い勝手の良いものにする手段など、おいそれと教えるわけがない。たとえ臣下だとしても裏切りも考えられる」

『そうです……いざという時、万が一に備えて一番の習得者は皇家の者でなければなりません。それを、たとえ一部でも秘密部分を開示していただけたのです。アルテマ……この意味、あなたならわかりますね』


 モジョの推察に大きくうなずき、ジルがアルテマを見つめる。


「……はい。それだけ私は陛下の信を得ているということですね。感激に胸震える思いです」


 カイギネスの期待を感じ取り、感涙に咽びそうになるアルテマ。

 TVゲームに夢中になっていた自分を蹴っ飛ばしてやりたい気分になった。


『この呪文を記した書も一緒に送ります。目を通し、記憶したらすぐに燃やしてくださいね』

「はい、承知しました!!」

『では、天秤もそろっていることですし、さっそく物資の交換を始めましょう』


 二人はうなずき合い、交換する物資に手を添え開門揖盗デモン・ザ・ホールを唱えた。


 ――――カッ!!!!


 まばゆい銀の光柱が空へ突き抜ける。

 強すぎる光が視界を一時奪い去り、そして徐々に和らいでいく。


「おぉ……」


 そして目が慣れていくと、アルテマたちの元には8個の大小宝箱と一つの酒樽、そしてジルの元には腹薬と浄化薬がパンパンに詰まった紙袋が送られていた。

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