第56話 異世界の品々

「やったぁ、成功よ!!」


 転移された宝箱に抱きつき、大喜びするぬか娘。

 他のメンバーもそれぞれに駆け寄って、異世界からの贈り物に興味を向けている。

 さっそく宝箱を開けると、そこにはそれぞれが希望した品がちゃんと入っていた。


「おお、これは武術書か? なにやら格闘技の絵が書いてあるな……字は全く読めんが……」


 なにかの巻物のような物を手に取り観察する六段。


『それは我がサアトル帝国暗黒魔術師団必修の護身術書ですわ。近接戦が弱点の魔術師がいざという時に、素手でも身を守れるようにと先人が開発した体術をまとめた物です』


 ジルの解説に六段は嬉しそうに、


「おお、それは興味深いな。異世界の格闘技がどんなものか、アルテマに翻訳してもらって少しずつ読むとしよう。ありがとう、いただいておくぞ」


「……これは? ……魔法の杖じゃな。……ほほう、握って見るとなにやら集中力が増して頭が研ぎ澄まされる感じがするが……?」


 童話に出てくる魔女の杖の如く、ぐにょりと捻くれ曲がった木の杖を手に取ると、占いさんは不思議な感覚に包まれた。


『それは帝国魔法技師が丹精込めて削り上げた退魔の杖です。手にしたものの魔素変換効率を高め、魔法の威力を増幅します』


「ほお……ならばわたしの法力にも効果があるかも知れんな……ふっふっふ……後で早速試してみるとするか。ありがとうよ……」


「……こっちは……おお!! 絵画ですね。これは……幻想的で美しい」


 異世界の風景を描いたと思われる一枚の絵画。

 その額を持ち上げ、感激に震えるヨウツベ。


『それは我が帝国南にある『見渡しの丘』で描かれた風景画です。帝国皇宮とその城下町を一望するように描かれています』


 そこに描かれていたのは大きな大きなクレーター。

 その、大きくそびえ立つ岩の壁の中に、天を貫かんほどに高くそびえ立つ立派な城があり、周囲には古代ヨーロッパに似た石造りの城下町が広がっていた。

 城は輝く光に包まれていて、およそ暗黒を名乗るには似つかわしくないほどに綺麗に輝いていた。


「これが……異世界の風景……アルテマさんの故郷……。すばらしいです!! そうか~~異世界ってこんななんだなぁ~~~~。いやぁ……感激だ」


 ヨウツベの言葉に集落のメンバーもみなその絵を覗き込んだ。

 とくに元一と節子は熱心に見つめ、少し涙ぐんですらいる。


「……これはなんだ? コインだな。……何やら文字が書いてあるが読めんな」


 ジャラジャラと文字が書かれたコインを持ってモジョが呟いた。


『それは『ジャッキル』と言う遊びに使う駒です。地面に描いたマス目の中で、それぞれのコインの役割に沿った動きで相手の陣地を攻める遊びです。使うコインとマス目の数はその時々でお互い相談して決めてください』


「……なるほど、将棋やチェスみたいなものだな。……難易度設定が自由なのが特徴か……面白そうだ。あとでアルテマにルールを聞いて遊んでみよう」


「こいつは弓だな。うむ、作りはこっちとまるで変わらんが……素材が違うな……これは何で出来ている?」


 元一が持つその弓は黒く輝き、頑丈そうだが羽のように軽かった。


『それは堕天の弓です。……かつて聖王国との戦争で召喚された天使の群れを撃墜するのに使われました。材質は魔竜の背骨です』

「……の、呪われとりゃせんかこれ」


 背骨と聞いてちょっと気味悪がる元一。

 天使を撃ち落としたというのもなんだか罰が当たりそうだが、向こうの世界の天使がどんなものかわからない以上、下手な想像はやめておこうと深く考えないことにする。


「ええい離せ離せ!! これはワシの酒や!!」

「なによう、違うでしょ!! これは私のタルなの!! 飲兵衛こそ離してよ傷が付いちゃうでしょ!!」


 ぬか娘と飲兵衛は一つの酒樽を取り合っていた。


『それは我が帝国の名産『吸血の実』から作った果実酒ですわ。野生動物の血を養分に丸々育った香り高い果実を踏み潰して発酵させました。肉料理との相性が抜群です』

「……見た目、赤ワインやけど……この色……まさか血か……」

「う……なんか匂いも鉄臭いと言うか……」


「い~~~~いやっほ~~~~~~~~うっ!!!!」


 テンションがだだ下がりの二人に代わって逆に爆上がりしたのはアニオタだった。

 手には小さな布切れが大事に握りしめられている。


『……そ、それは……その……あの……まぁその……ご要望どおりの物を用意させていただきました……その……説明はご勘弁を』


 赤くなってうつむいてしまうジル。


「ひょ~~~~いい肌触り、いい匂い!! こ……これは、この芳しさは……まさか未洗濯の――――ぐふぅっ!!!!」

「アホが!! こいつは没収じゃ没収っ!!!!」


 名も顔も知らない異世界少女の甘酸っぱい香りに理性を吹き飛ばし昇天するアニオタを物理的に吹き飛ばし昇天させる六段。

 没収だけば勘弁と泣いてすがるアニオタを蹴っ飛ばし、ぬか娘にそれを託す。


「色とりどりのお野菜……これが異世界の食べ物なんですね」


 宝箱一杯に詰められた野菜の数々。

 それら一つ一つを手に取り、感慨深げに節子はため息をついた。


『岩石芋に甲羅玉菜、リーマイ、ササゲボ、その他、帝国の家庭料理に欠かせないお野菜ばかりを詰め合わせました。どうかお召し上がりくださいね』


「そう……アルテマはこういう物を食べて育ったのね。すこし変わった形だけど、どれもいい香りで美味しそうだわ。……でもちょっと痩せてるみたい?」


『帝国ではそれでも高品質なのです……。なにぶん土地が痩せているもので……聖王国や北の大陸ほどに肥えた野菜は採れないのです』


「まあ、そうなの……じゃあこれも貴重な品なのね。ああ……そういえば戦争中でしたね……私ったらそんな事も考えず、ずいぶん贅沢な頼み事をしてしまったのかしら……」

『いいえ、とんでもありません。たしかに今の帝国は以前にも増して食糧危機に陥っていますが、それよりも重要な物をあなた方は届けてくれました。このぐらいのお返しでは、とても感謝を表しきれないと――――』


 ここで突然に通信が乱れた。

 ジルの声が途切れ途切れになる。

 見るとアルテマが青ざめた顔でふらふらと揺れていた。


『……魔力切れですか……。どうやらお話もここまでのようですね。……名残惜しいですが、ご用意していただいたお薬……感謝して使わせていただきます。皆様に暗黒神のご加護と健康があらんことを。ではまた連絡させていただきます、御機嫌よう』


 そしてプツリとジルの姿が消えると同時に、魔力切れでドサリと元一の腕に倒れ込むアルテマ。

 精魂使い果たしたのだろう。

 スースーと寝息をたてて、彼女は深い眠りについたのだった。

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