第44話 また魔力を求めて⑤

 ムカデの悪魔を追って、外をひた走るアルテマ。


「まずいな……このまま逃したら、また別の者に取り憑くぞ」


 たかが低級悪魔と侮るなかれ。

 今回の婆さんには腰痛という形で取り憑いていたが、次もそうだとは限らない。

 やつらは取り憑く人間の弱い部分を狙って寄生する。

 骨が弱ければ骨に。

 腹が弱ければ腹に。

 心臓が弱ければ心臓に取り憑いて、その動きをさらに弱らせるのだ。

 なので、取り憑き所と運が悪ければ、それで命を落とすこともある。


 婬眼フェアリーズを唱えて行き先を探知する。


『右、そのままずっと進んで左に行ってみよう』


 言われた通りに走るアルテマ。

 林を突っ切り、田んぼにハマり、廃屋の屋根をよじ登り、道に降りたところで、


「――――いたっ!! あそこだっ!!」


 先をカサカサとうねって走る異形のムカデ。

 その先にはクワを担いで野良仕事の通いらしき六段の姿があった。


「おお、アルテマか? どうしたそんなに慌てて走って」


 アルテマに気づき手を振ってくる六段だが、ムカデの悪魔には気がついていない。


「ろ……六段っ!! そ、それ!! その悪魔、捕まえてくれ!!」


 走り疲れ、ヘロヘロになって叫ぶアルテマ。


「悪魔? 悪魔などどこにいる?」

「そ、そこ!! そのムカデ!!」

「ムカデ? ――――うおっ、でっかっ!!」


 ようやく気づいた六段は、その馬鹿げた大きさのムシ(?)に度肝を抜かれる。


「な、なんじゃアルテマこの化け物はっ!??」

「だから悪魔だと言っている!! そいつを放置しておくと、また別の人間に取り憑いて悪さを働くようになるぞっ!!」

「なぬっ!??」


 他ならぬ六段も、悪魔付きの経験者。

 その辛さと、低級悪魔に対する苛立ちは誰よりも強い。


『ギャギャギャギャッ!!!!』

「ぬ、来るかっ!??」


 退け、とばかりに威嚇して飛びかかってくるムカデの悪魔。

 六段はそれに対して逃げることなく腰を低く落とす、


 ――――生身の拳で悪魔とやり合うつもりか!?


 それは無茶だとアルテマは焦る。

 悪魔とは半精神生命体。すなわち幽霊に近い物質。

 特殊な術でも使わないかぎり、人が生身で触れることなど出来ない存在である。

 そのことを知らない六段は、


『ギャギャギャッ!!!!』

「化け物ムカデが、貴様の仲間に受けた膝の痛み……その積年の恨みを――――」


 飛び掛かってくるムカデに対して右足を軸に半回転し、

 その間に、アルテマは唱えておいた呪文を六段に放った!!


「――――魔呪浸刀レリクスっ!!」

「――――喰らえぃっ!!」


 ――――ゴッ!!


 豪快に弧を描いた渾身の回し蹴りが赤黒く輝き、ムカデの悪魔の胴体にめり込んだ!!


『ギャギャギャッ!???』


 魔呪浸刀レリクスによって魔法付加された六段の左足は半生命体であるはずの悪魔体に干渉する。


 ――――メキメキッ!!


 六段が生み出した物理破壊のエネルギーは、ムカデの悪魔の身体をへし折り、そして――――、


 バァァッッァァァァァァァッァッンッ!!!!

 勢い余って粉々に吹き飛ばしてしまった。


「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 その予想以上の破壊力と、せっかくの魔素の元をふっとばされたショックで頭を抱えて叫ぶアルテマ。

 とっさに魔法でサポートしたのだが、まさか粉々にされるとは思ってもみなかった。


「ふん、他愛も無い!! 所詮は虫けらよ!!」


 久々の実戦。

 久々の会心の一撃に『ホアチャーー!!』とステップを踏み、親指を舐める六段。


 そんなノリノリの爺さんを置いておき、アルテマは飛び散ったムカデの身体をかき集める。

 半生命体なので体液とかは飛び散ってないだけまだマシだが、バラバラになったムカデというのはそれだけでもやはり気持ちが悪い。


「ううう……。なんてことだ、なんてことだ……」


 嫌な顔をしながら一つ一つ破片を一箇所に集めていく。


「おお? なんじゃ? 何をするつもりだ?」

「これは私の魔素集めの素材でもあったんだよ。……しかし、お前のその体術……とんでもない破壊力だな」

「おお、これは空手というこの国古来の武術だ!! お前のとこの国ではこういうのは無いのか?」


 ムカデの頭をバッチそうに摘みながらアルテマは何を言うかとむくれて、


「……素手の武術もあるにはある。……が、どれもいざという時の護身用で、そこまでの破壊力は無いな。……そうか、カラテというのか……面白そうだ、機会があればぜひ我が帝国との武術交流も考えてみたいものだ」


 ようやく集まったムカデのパーツを見下ろして、アルテマはやれやれと呟いた。


 低級悪魔とはいえ、たった一撃でここまで破壊するとは……もしかしたら、この間の山羊の悪魔も、いまの六段なら勝てたかも知れんな。


 と、齢七十を超え、いまだ現役バリバリの戦士である六段を恐ろしく思った。





「では、頂くとするか。……魔素よ、我が元に集まれ――――魔素吸収ソウル・イートっ!!」


 ムカデの悪魔の残骸に、魔素吸収の魔法をかける。

 パァァァァァァァっと光の粒がいくつも現れ、ふわふわとアルテマの手に吸い込まれていく。

 やがて全てを吸い込むと、ムカデの身体は存在価値を失ったかのように、カサカサと風に崩され飛ばされ溶けていった。

 アルテマは自身の体をパンパンと叩き「よしっ!!」と元気よく気合を入れると、


「これでとりあえずの魔素は溜まったぞ!! これだけあればまた異世界へ通信出来る。師匠、待ってて下さいよ!!」


 嬉しそうに、晴天の空に向かって拳を突き上げた。

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