第45話 予期せぬ事態

 パタパタと鼻息を荒くして飲兵衛の家へと走るアルテマ。

 低級悪魔を吸収して魔素が十分に溜まったので、それを知らせに戻るのだ。


 途中でホウキと火箸で武装したモジョとぬか娘が、電柱の影に隠れつつ、周囲を索敵していたので「奴なら六段が一撃で倒してくれたぞ」とすれ違いざま言ってやった。

 付いて来てくれている六段が「むふん」と自慢げに力こぶを作って見せると、二人はあんぐりと口を開けて呆れていた。


「得体の知れない悪魔相手に……。お……恐れ知らず」

「……うむ、昭和の脳筋は平成のそれとはまた一つ次元を超えて理屈が通らんな」

「一応、私がサポートしてやったけどな。しかしその勇猛さは我が国の兵士にも劣らぬ素晴らしいものであったぞ」

「当然だ。戦後日本を復興させた団塊世代の気合を舐めるなよ」


 勇猛ではなく無謀ではなかろうか……とモジョらは首をかしげつつ、アルテマについていった。





 飲兵衛の家まで帰ってくると、こちらもまた呆れた顔で道端に立っている飲兵衛を見つけた。


「お、おうアルテマか。どうやった? あの悪魔は退治できたんか?」


 駆けてくるアルテマらに気が付くと、汗を拭きつつそう訊いてくる。


「ああ、バッチリだ。魔素も充分溜まったぞ」

「……で、飲兵衛さんこんなところで何してるの? あのお婆さんは??」


 ぬか娘が尋ねると、


「いやそれがな、痛みが無くなった言うて、突然大喜びで走って帰ってったんや」


 そう言って、林と川を越えた向こう側にある別集落の方向を指さして苦笑いする。

 ここから隣の集落までは川を回り込むのでちょっとした距離がある。


「ふむ。悪魔憑きが解けたおかげだろう。結構なことだ」


 退魔の成功に満足気に頷くアルテマ。


「いやいや、にしてもやな……そんな急に治るもんなんか??」

「痛みが無くなるだけでもかなり動けるようになるからな。まあ、悪魔にやられた患部は自然治癒に任せるしかないので、無理はするなと後で連絡しておいてくれれば良いと思うぞ?」

「せ……せやな」

「……にしてもここから走って帰るなんて、元気なお婆さんね」

「おう、戦時を生き抜いた御仁なら。このくらい何ともないだろうよ!!」


 カカカカカと上機嫌に笑う六段。

 モジョとぬか娘はそうかなぁ……と、やっぱり首を傾げた。





「では、再び異世界への門を開けるぞ!!」


 宣言すると、見物に集まった集落のメンバーは、はやる気持ちを抑えきれないようにコクコクと頷く。

 みんなあの後、ジルや帝国がどうなったのか気が気でなかったのだ。

 しかし、倒れたアルテマに無理をかけまいと決して急かせずに我慢していた。


 前回と同じく校庭に陣を構え、呪文を唱える。

 みなはゴザを引き、お茶とお菓子を並べつつ、その様子を見守っていた。


 そして――――、


「――――開門揖盗デモン・ザ・ホール!!」


 結びの力言葉とともに銀の光柱が立つ。


「うむ、呪文は成功した!! あとはお師匠からの返信を待つばかりだ!!」

 小さくガッツポーズをし、そわそわと返信のベルを待つアルテマ。


 ……一分が経ち、五分が過ぎた。


「……遅いな、もうそろそろ反応があってもいいんだが……」


 かかとを上げ下げ、もどかしそうに空を見上げるアルテマ。

 こちらからの信号は送った。

 連絡を求めてる意志は届いているはずなのだ。


「……トイレとか?」


 おやつのチョコビスケットをかじりながらぬか娘がボソリと呟く。


「……まぁ、そうだな。携帯でもトイレ中はなかなか出にくいし、ありえるかも……」


 煎餅をかじりつつ、うなずくモジョ。

 それを想像しておかしな挙動をするアニオタとヨウツベの頭を六段が制裁した。


 ――――そして三十分が過ぎた。


「う~~~~~~~~ん……? いくらなんでも遅すぎやせんか?」

 さすがにおかしいと、元一が眉を寄せて呟く。


「まあ……トイレならさすがにもう終わってるよね?」

「……そうだな、催促されているのにここまで長く籠もるのは……少し不自然だな」

 顔を見合わせるモジョとぬか娘。


「となると……応答出来ない事態に陥っておるやも……な。不吉な色が出ておるわ」

 水晶玉を見ながら占いさんが不気味に呟いた。


「な……ま、まさか……お師匠の身に何か!??」

 それを聞いて青ざめるアルテマ。


「……だとすれば……帝国城陥落の可能性も……あるかも……」

「も、も、も、モジョさん、そんな、ま、ま、まさか……あれから一週間しか経っていないんですぞ?」


 アニオタがそんな馬鹿なと否定するが、


「いや、戦況なんて一日あればどうとでも変わる。これは……もしかしたら……最悪の事態も考えねばならんかも知れんぞ。……戦後生まれのワシの勘がざわついておるわ」

 六段が唸る。


「……いや、戦後て……戦こうてへんやないか」

 飲兵衛の突っ込みに、


「て言うか、占いさんのそれって水晶玉じゃなくって金魚鉢ひっくり返しただけじゃない?」


 ぬか娘が呆れる。


「……買いに行くまでの代用品じゃ、これでもほれ、下の方を紫手拭いで隠してやればそれなりに見えるじゃろう?」

「う~~~~ん。確かに、雰囲気のある暗い部屋ならアリかも知れないですね。この光が歪んだ感じが神秘的に見えなくもないです」

「じゃろうじゃろう?」


 考えたもんだとヨウツベが評価する。

 それに満足気にうなずく占いさん。


「いや、じゃあさっきの不吉な予感って……」


 いい加減な年寄りどもに呆れるぬか娘。

 その時――――、


 ――――からからからから~~んっ!!


 空から応答のベルの音が鳴り響いた。


『――――来たっ!!!!』


 みなが一斉に見上げると、そこには灼熱に燃え盛る黒赤のベルが浮かんでいた。

 それを見たアルテマの顔が一気に強ばる。


「ん? なんじゃあのベルは? 前回と色も雰囲気も違うようじゃが……?」


 訝しげに見上げる元一にアルテマは唖然としつつ、ぶわっと汗を吹き出させ言った。


「いや、こ、これは……このベルの色は……。アシュナ・ド・カイギネス。……サアトル帝国第13代皇帝、その御人の物だ……!!」

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