第38話 限界突破バケツリレー

「さ……砂金、砂金んんんん~~~~ぐふぐふぐふふ」


 目に¥の記号を浮かべ、アニオタが涎を垂らしている。

 送っている水の対価として設定している金が、送った水の分だけ砂金となってこちらに送られてきているのだ。

 今度は土に返したりはしないぞと、放水の下に寝転んで、さらさらと流れ落ちてくる砂金を器用にカレー皿に受け止めていた。


「う……う、うほうほ……どんどん……どんどん溜まるぞ……こ、これを換金すれば、ら、ら、ら、来月発売の魔法男の娘リリカル正太くんの着せ替えモデルが、よ、よ、よ、予約できるかも~~~~!!」


 目を光らせて興奮するアニオタだが、


「馬鹿野郎、そんなものよりGOポロⅫを買うんだよ。これからスクープがバンバン撮れるんだからな!!」


 ヨウツベがそれに待ったをかける。


「だから、動画を売るなって言ってるんでしょが!!」


 ぬか娘がそんなヨウツベの横腹をつねる。


「い、痛でででで!! う、売るなんて言ってないだろ、記録、あくまで記録!!」

「……どうでもいいが、お前ら水道代のこと忘れるなよ?」


 わちゃわちゃ騒いでいる若者たちに元一がボソリと忠告した。


「……は? 水道代とは」


 目を点にするアニオタとヨウツベ。


「……あれのことだよ」


 校舎の壁に設置されている水道メーターを指差しモジョが答える。

 メーターはぐるぐるぐるぐると、かつて見たことがない速さで高速回転していた。


「い、いやいやいやいや、でもこれは、みんなから異世界への援助では?」

「だれもそんなことは言っとらんわ。等価交換だと言っておるんだ。この水の代金は送られてきた砂金で補うからな。街に行ったついでにでも、ワシが円に替えてきてやるわい」

「……そ、そんなぁ~~~~……」


 せっかくの臨時収入と思い、あれこれ欲しいものを思い浮かべていた二人は、がっかりと力が抜けて、その場にパッタリと突っ伏した。





『さ、あなたたち、どんどん、どんどん運び出すのですよ!!』


 思っていた百倍の勢いで送られてくる異世界の水。

 ずぶ濡れになったジルは、服が透けるのもいとわず王宮を駆け巡り、大臣、兵士、使用人、とにかく目につく人間をかき集めてバケツリレーを組み上げる。

 ほとんどの者が、何がどうなっているのか事情がわからず、目を白黒させてその繋がりに加わっていた。


『な、なんだこの水は!? 一体どこからこんな大量の水が湧いて出ている!??』

『知らん、なんでもジル様が鉱泉掘り当てたらしいぞ!!』

『城の中でか? それにジル様の法具部屋は上階にあるはずだろう!??』

『なんでもいい、とにかく貴重な水だ!! 石床に吸わせる前にとにかく運べ!!』


 次々と送られてくる水が満たされた木桶。

 城の者たちは、立場、役職、関係なく協力し、城の地下にある貯水槽にまで列を繋げ水を運んでいた。

 いつか来るかもしれない籠城戦に備えて備えられていた貯水槽も、すでに空になっていたが、そこに異世界からの水道水がどんどんと溜まっていく。

 その様を、尽きかけていた命運と重ねて涙ぐむ城の者たち。


『や、やったぞ……こ、これだけあれば、皆も乾きから開放される』

『待て、我々よりも先に前線の兵士だ。彼らに届けるんだこの水を!!』

『ああ、そうだな。どんなエールよりもこれはありがたいな!!』


 自分たちも、飛び込みたいほどに乾いているが、それよりももっと過酷にさらされている仲間がいる。

 彼らは誰一人、それを盗み飲む真似などせず、ただひたすら大事に運搬に専念していた。





「う……うぬぅぅぅぅぅぅ……」


 水を送り始めてから30分ぐらい経っただろうか?

 しだいにアルテマの顔色が悪くなってきた。


「ちょ、ちょっとアルテマちゃん大丈夫? ……なんか苦しそうだけど??」

「う……む、そろそろ魔力が尽きかけてきている……」


 青い顔に玉の汗を浮かべながら苦しげに返事するアルテマ。

 それを心配そうに見ているぬか娘。


「お、おい!! あまり無理をしてはいかんぞ!!」

「そうですよ、アルテマ。無茶だけはやめてちょうだいね」


 節子が心配げにアルテマに寄って、元一がノズルを支えてやる。


「う……む、すまない。し、しかし、帝国の兵士はもっと辛い目に耐えているのだ、近衛騎士たる私がこれしきのことで参るわけにはいかん……!! しぼれるだけ、しぼりだす!!」

『ありがとうアルテマ。小さくなってしまった身体で、本来の力も出せないでしょうに、無理をさせていますね。……しかし、あなたの頑張りは、確かに皆を救っていますよ』

「し、師匠……!!」


 ジルの嬉しい言葉に、いくぶんか救われた思いがしたアルテマ。

 異なる世界へ落ちてなお、帝国のために働ける。

 これほど名誉な事はない。


 ……どうだ、聖騎士クロードよ。

 私はまだ生きて……お前たちに、いまも牙を剥いているぞ。


 いずれこの身も返り咲き、今度はその喉元に牙を立ててやる。

 ペテンな神にでも祈って、その時を待っていろ。


 そう誓った瞬間――――ぶつ。


 アルテマの意識が暗転した。


 アルテマちゃん、アルテマちゃんと、呼ぶ声が遠くに聞こえる。

 温かい感触に包まれながら、アルテマは深い眠りへと沈んでいった。

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