第39話 大寝坊助

『ハ――――ハッハハハハハ!! 声の具合で察しはついていたが、やはり老けたババアか、帝国一の美人騎士と歌われたアルテマも、蓋を開ければこんなものよ』


 憎っくき聖騎士クロードの、癇に障る高笑いが何度も何度も頭に響き渡る。

 そのたびアルテマは殴り、蹴り、斬り、呪文で焼いてやるが、奴はすぐさま蘇り、また勝ち誇った高笑いを浴びせてくる。

 ババア、ババアと屈辱的な言葉がエコーとともに繰り返され、アルテマの自尊心はもはや傷だらけ、ストレスもとうに限界を超えていた。


 ――――ク、ククク、クソガキが調子に乗るなよ!! 

 すぐにだ、すぐに私は舞い戻り、その貴様の気持ち悪い優男ヅラの上にのった毛を全部むしってやるからなっ!!


「むしってやるからなぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!!!!」


 掛け布団を跳ね上げ、アルテマはその怒りをすべて吐き出すように絶叫した!!

 しかし目の前に見えるは、憎き聖騎士の姿ではなく、素朴な草の絵が描かれたふすまだけだった。


「……夢……か」


 しばしの戸惑いの後、ああ、ここは異世界なのだと安心し、汗だくにふ~~っと息を吐くアルテマ。


 ……あのクソガキの夢を見るのはこれで何度目だろうか?

 この世界に飛ばされてから、ほぼ毎日ヤツの悪夢にうなされている気がする。

 ……はやく元の世界に戻って、あの若造に本来の格の差を見せつけてやらねば、いい加減、苛立ちで気が滅入りそうだ。


 我ながら了見が狭いものだなと、半分の頭で自分を戒めるが、しかし本音は自分には隠しようもない。


「……しかし、私はいつのまに寝ていたのか? ……あれ? 師匠は?」


 頭がぼ~~っとし、記憶が混乱している。

 アルテマは一旦、記憶を整理しようと目をつむった。

 と、


 ――――んどどどどどどどっどどどどどどどど……。


 けたたましい足音が聞こえてくる。

 何事かと身を縮めたそのとき――――、


 ――――どっごんっ!!!!


「ど、どうした、何事じゃ!?? サルか!?? 熊か!?? おのれ、ワシが成敗してその皮むしり取ってくれるわっ!!」


 手に猟銃を構えた元一が。血相を変え襖を蹴り破り部屋に乱入してきた!!


「あ、デジャヴ……」


 外れた襖を受け止めながら、アルテマはそんな元一に呆れ呟いた。





「ぶっ!! ――――七日っ!? 七日も私は眠っていたのか??」


 朝食の納豆汁を啜りながら、アルテマは驚き、ちょっと汁をこぼした。


「うむ、そうじゃ。……もうなぁ、ワシらはこのままお前が目を覚まさんのかも知れんと、心配で心配で……飯もろくに喉を通らんかったんじゃぞ」

「そうですよアルテマ。だからあれほど無茶は止めなさいと言ったんですよ」


 元一と節子はやつれた顔をしながら、それでも心底ホッとした顔をしてアルテマを見つめてくる。

 開門揖盗デモン・ザ・ホールで異世界へと水を送っている途中、アルテマは突然倒れたのだという。占いさんの見解では、おそらく魔素の使いすぎで意識を失ったのだろうと言うことで、事実それは当たっていた。

 それから七日、アルテマは一度も起きることなく眠り続けていたのだという。


「ああ……安心したら腹が減った……節子よワシのぶんは大盛りで頼む」


 てんこ盛りの茶碗を受け取る元一にアルテマが詰め寄った。


「で、では開門揖盗デモン・ザ・ホールはどうなったのだ!? 師匠は?? 帝国はどうなったのだ!??」


 七日経ったということは、すでに皇子の囮作戦も水門都市への奇襲も決行された後のはずである。


「い……いや、お前が倒れると同時に魔法は解けてしまったからな、向こうとはそれっきり連絡はついておらん」

「……なんてことだ……。こうしてはおられんっ!!」


 アルテマは食べかけの朝食を中断し、勝手口から裏庭へと飛び出した。

 そして広場の中央に向かって呪文を唱える。


「魔神ヘケトへ命ずる。汝、その理力にてことわりを穿ち、我が知と覚をいざなれ――――開門揖盗デモン・ザ・ホール!!」


 しかし、

 し~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……。

 何も起こらなかった。


 ミンミンとセミの鳴く声だけが聞こえてくる。


「――――な、なぜだ??」


 うんともすんとも反応しない空間を、苛ついた顔で睨みつけアルテマはツノを尖らせる。

 そこへ、


「魔素が無くなっとるんじゃ、そんな状態で、そんな大魔法なんか使えるわけなかろう阿呆が」


 裏庭に面する草むらの中から、占いさんが突如現れた。

 一瞬、山姥かなにかと見間違うアルテマ。


「うぉぉおぅっ!??」


 驚き、猫のごとく飛び上がる。


「どどど、どっから現れるんだ!! 心臓に悪いわ!!」

「こっちはわたしの畑に繋がっておるんじゃ。……おぬし、名のある騎士にしては肝っ玉が小さ過ぎるのではないか?」

「ううう、うるさいわ!! だからそれは体が幼くなって、変な影響が!!」

「まぁ、どうでもいいが。そんな空っぽの魔素で無理をすればまた倒れるぞ。あまり節子らに心配をかけるでないわ」


 そう言って、早朝の畑仕事に戻ろうとする占いさん。

 そんな婆さんのモンペにしがみつきながらアルテマは懇願する。


「お……お願いだ、私はいますぐ異世界へ連絡を取らねばならない!! どうか手持ちの法具を貸してくれ、ま……魔素を吸わせてくれ!!」

「阿呆。このあいだので全部じゃったよ……。お陰でわたしゃ商売の再開が出来やしないんだからの。……まぁ、それはわたしを救うために使ったんじゃから文句は言わんが、しかしもう魔素の補充に使えそうな物は無い。他を探すしかないのう」

「そ……そんな……」


 それを聞いて、絶望に四つん這るアルテマ。

 こうしている間にも、帝国の戦況は刻一刻と変わっていっているかもしれない。


「アルテマよ、慌てたって仕方がない。とりあえず朝飯はきちんと食べなさい。まずは自分の体調を整えるのが先じゃろう、魔素の事はその後じっくり考えればよい」


 元一が呼んでいる。

 アルテマは失意を背負い、トボトボと家に戻る。

 そして大人しく食事を再開した。


 元一の言う通り。

 いまはそれ以外、やることが無かったからである。

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