第35話 砂粒の金塊

 ――――カッ!!


 まばゆい銀の支柱が天を貫く!!

 しばらく目も眩むような銀光が皆を包み、やがてそれが晴れたかと思うと、


『……ああ……すばらしいです』


 タライはジルの足元へと移り、彼女と同じく半透明に透けていた。


「や……やったっ!?」


 それを確認して、アルテマは歓喜に破顔する。


「ど、どうなったんや? 成功したのか!?」

「ああ、成功した!! この世界の水は……無事、異世界へと届けられた!!」


『おお……!!』とどよめく集落の一同。


「す……すごいすごい!! ほ、ほんとに送られたんですか!? だとするとこれは記念すべき瞬間ですよ!!」


 ヨウツベが大興奮してカメラを回している。


「……現世と異世界とが繋がった…………」


 モジョもいつになく驚いた目で呟く。

 あっけらかんと終わってしまったが、もし今後、この世界と異世界との繋がりが本格的になるようなら、今日この瞬間の出来事は双方の歴史に刻まれるほどの大事件である。


 ヨウツベは慌てて距離を取り、関係者全員が写った引きの映像を記録に収める。


「……こ、こ、こ、これで、いいい異世界の異世界の人たちは助かるのかな? 助かるのかな??」

『……はい。ああ……これは確かに、お水……それもこんなに澄んで新鮮な……』


 感動に振るえ――――ごとん、と金塊を床に落とす。

 そして届けられたタライ水を手に汲み、感涙にむせぶジル。


「いや、まぁ……適当に水撒きホースで汲んだ水道水なんだけどね、えへへ……」


 ぬか娘が水を差すようなことを言うが、ジルは気にせずそのまま一口飲んでみた。


「どうですか、師匠。異世界の水は!?」

『……おいしい……、おいしいです。こんなに清らかで濁りのない水を口にしたのははたしていつぶりでしょうか』

「そ……そう? カルキ臭くない?? ……しばらく沸騰させてカルキ抜きしたほうが良かったんだけど……なにせ急だったから」


 申し訳無さそうに苦笑いを浮かべるぬか娘だが、ジルは彼女の言っていることが理解できずに少し首をかしげ、


『カル……? いえ、いえ……そういえば少し独特な香りはしますが、でも全然おいしいですよ?』

「……帝国で汲める水はみな、いろいろな鉱石が染み込んでいて、採れる場所で色や香り、味がバラバラだからな。この世界のように透き通った水は本当に貴重なんだ」

「ほう……温泉水みたいなものか? ……だとすればミネラル豊富で健康に良さそうじゃけどのう?」


 アルテマの説明に元一が興味を示すが、


「いやいや、色が付くほどの鉱泉水やで? 一口、二口ならええやろけど、毎日の生活用水には向かへんで?」


 飲兵衛がそんな良い話ではないと言葉を返す。


「そうだ、だから我が帝国ではこのような透明な水はとても貴重で、手に入れたくば遠くの森の国から馬車で運んでこねばならん」

「ただでさえ重い水を異国から馬車でか……そりゃ、価値も上がるわな」


 気の毒そうに六段が唸った。


「……でも……アルテマさん、す、す、す、少しおかしくないですか……?」


 アニオタがキョロキョロ見回して、ジルの足元に転がされている金塊を指さした。


「たたた、タライが向こうに転送されてるのに……き、き、金塊はこっちに来てないですよ……???」

「ああ、ほんとだ。金はまだ向こうにある」

「おいおい、そりゃないで。どういうことや?? ヒック」


 異世界の物質に触れるのを楽しみにしていた皆は。説明とは違い、送られてこない金塊に不満の声を上げる。

 しかし、アルテマは床に這いつくばり、


「いや、開門揖盗デモン・ザ・ホールが成功した以上、等価交換のことわりは必ず働いている。不変の黄鉄は確実にこちらに送られているはずだ」


 と、幻影で作られた床を手で擦ってみる。

 すると幻影と同化していた校庭の砂がこんもりと集まって、その小さな手に集まった。


「10円分の金……か、はたしてそこから見つかるかのぉ」


 無理じゃろうのぉ、とニヤつきながら占いさんがお茶を啜る。


「え……ちょっと待ってください? もしかして……転移された金塊って」

「……タライの水の代金分削られて送られるってことかな……?」


 10円分の金とは、いったいどんな小粒なのか?

 アルテマの手に包まれた砂を見て、ぬか娘とヨウツベはへなへなと力なく座り込んだ。

 モジョは呆れた顔で


「……さっきジルもそう説明しただろう。等価交換と言ってるんだから……もしその金の塊をまとめて送って欲しければ、こちらも相応の物……七百万杯ぶんの水を用意しないといけない……。……しかし……こっちの世界での金相場が適応されるみたいでよかった……。これならば……その金塊だけでもかなりの量の精製水を提供できそうだぞ?」


 モジョにそう言われ、ジルはかしこまり、


『はい、ありがとう御座います。そちら様の深きご厚意に、帝国を代表して感謝とお礼を申し上げさせて頂きます』


 深々と頭を下げてくるジル。

 そんな彼女に飲兵衛は難しい顔をしながら質問する。


「いや、それはええんやが。……けど実際にどうするんや? 国一つの危機を解消させるほどの水なんて……ワシらがホースで汲んでなど……とても追い付かんぞ?」


 それを聞いたジルは、


『ご心配なく、水の援助と言っても我が帝国全土に行き渡らせるほどの量を望んでいるわけではありません』


 と、彼女は今後の具体的な構想を皆に説明し始めた。

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