第34話 それぞれの価値

 ――――ずどごんっ!!

 板が割れそうなくらいに重い音を響かせ、その金塊は床に下ろされた。


「はぁはぁ……」


 よほど重かったのだろう。息を切らせて汗を垂らすジル。


「…………………………………………」


 それを黙って見ている集落のメンバーにもまた汗が滲み出ていた。


「そ、それは不変の黄鉄おうてつではないですか? ……まさか……もう資源はそれだけしか残っていないと言うのですか!?」


 黄金に輝くその塊を見ながら、アルテマは悲壮感に包まれ肩を落とす。


「ええ、他の価値ある鉱物はみな戦争の資金へと変えてしまいました。いま我が国に残っているのは僅かな魔鉱石と、この腐らないことだけが取り柄の不変の黄鉄しか残されておりません」

「そんな……そんな物ではとても価値ある水とは釣り合いません!!」

「ええ、ですからもう……私たちは……それぞれの命を対価に替えるしか……手段は残されていないのです……」

「な……なんてことだ…………おのれ聖王国め……。持たぬ我々から、どこまで奪えば気が済むのだ……!!」


 ダンッっと地面に拳を叩きつけるアルテマ。

 そっと目頭にハンカチをあてがうジル。

 そこに飲兵衛が、


「い……いやいやいやいや、ちょっと待ってくれんか? ……そのそれ……金の塊に見えるんやが……?」


 と、冷や汗をダラダラ流しながらその不変の黄鉄おうてつとやらを指さした。


「…………金? ですか? いえ、我々はこれを不変の黄鉄おうてつと呼んでおります。……なんの変哲もない鉱石ですわ」

「ああ、そうだぞ飲兵衛。これは我が帝国でやたら取れる、あまり価値のない金属の一つだ。……重く、柔らかく、熱にも弱い。だから武器や建具にも加工出来ない。唯一、錆や変質に強いといった特徴があるので食器や装飾品の被覆に使う程度の他愛のない金属だ」

「いや、だから……金やろ? そっちでは……ええと、不変の黄鉄か? で、呼ばれとるかしれんが、こっちの世界じゃそれはたぶん金という物だぞ!?」

「……ですね」


 生唾を飲みながらヨウツベも頷く。


「……おう、億万長者……じゅるり……」


 モジョもヨダレを垂らしながら、その光り輝く塊から目を離さない。

 その頭からは『課金』の文字がゆらゆらといくつも浮かんで消えている。


「な、なんだ? ……金だと? それはこっちでは価値あるものなのか??」

「あるなんてもんやないで!? もしほんとに金やったら……ええと……適当に10キロくらいで計算すると……だいたい7千万円くらいやの」

『ななせんまん!??』


 それを聞いた一同がひっくり返る。

 アルテマとジルはその金額がはたしてどの程度なのかいまいちわからず、ぽかんとしているが、


「ま、まあ……とりあえず確かめてみようか」


 と、アルテマはその金塊に向かって婬眼フェアリーズを唱えてみる。


『不変の黄鉄。異世界でいう『金』。富の象徴だよ』

「……うむ。やはり金だそうだ」


 事態を把握していない、平然とした顔で、鑑定結果を皆に伝える。


「や、やっぱりか!?」

「す、す、すごいじゃないですか!!」

「え?? これ、ほんとに金なの7千万?? マジでななせんまん!??」

「い、い、い、異世界じゃくず鉄なんですか?? い、い、い、いっぱい採れるんですか?? だ、だ、だとするとどどど、どれだけの金額に……?」

「ちょっとまて、まてっ!!」


 騒ぎ始める一同を鎮めるアルテマ。


「これがこっちでは価値ある金属なのはわかったが、相場がわからん。肝心の水と比べてどうなのだ!? 交換に値するモノなのか????」

「値するどころやないわっ!!」


 興奮にすっかり酔いも冷めた顔をして、飲兵衛はアルテマとジルに日本の水道水の金額を教えてあげた。





「…………この桶一杯が、10円だとう……?」


 用意された懐かしのトタンたらいに一杯の水。

 そしてその対価となる10円玉を握らされて、アルテマはワナワナと震える。


「そうや、ちなみにジルはんの金塊でその10円玉がだいたい七百万枚くらいは交換できるはずじゃ」

「な、な、な、ななひゃくまんまいだとぅ……」


 となると、つまりこの桶の水が7000000杯ぶん……?

 多すぎて、もはや何が何だかわからない。

 ジルもその相場を聞いてひどく驚いている様子だ。


『そ、そちらの世界では……そんなに水に価値が無いんですか……??』


 信じられないといった様子で聞いてくるが、


「いや、そんなことはあらへん。こっちの世界でも水は貴重や。だが、この日本という国は幸い水資源に恵まれていてな、特別良質な水が格安で全国民に提供されている。しかもその量は膨大や」

『まあ……なんて素晴らしい……』

「とはいえ、無限ってわけにはいかんけどもな? しかし、明日飲む水も不足している者たちに一時の援助をするくらいは充分あるぞ」

「そうじゃな。……なにはともあれまずは転送してみてはどうじゃ? 色々論じていても結局送れませんでしたじゃ笑い話にもならん」


 難しい話は嫌いだとでも言うように六段がやや苛立ちながら提案してくる。

 皆も、それはその通りだとうなずき、そしてアルテマとジルに注目する。


『……はい、そうですね。では早速、試させて頂くとしましょう。アルテマ、その桶に手を』

「はい、師匠」


 言われた通り、アルテマは水が一杯に張られたタライの縁を両手でしっかりと握りしめた。

 ジルも金塊を両手に抱え込む。


「……ちなみに……価値が釣り合わなかったらどうなるんだ?」


 と、モジョがジルに尋ねた。


『くっ……あん!? いえ、お、重……!! その場合は……何も起きないか……も、もしくは……くっ……価値のある方が……無い方へ釣り合う分量だけ……削られ転送されます……ぬぐぐ』

「なるほど、すまん。聞いたタイミングが悪かった」

 

 ……恐ろしい……と、呟きながら冷や汗をながすモジョ。

 無駄に体力を消耗させられながら、ジルはアルテマへと視線を向ける。


『……むぐふぅ……くっ……で、では……いいですか? て……転送の儀を……』

「はい」


 そうして二人は口を揃え、再び、


『魔神ヘケトへ命ずる。汝、その理力にてことわりを穿ち、我が知と覚をいざなれ――――』


 呪文を詠唱し、そして、


『――――開門揖盗デモン・ザ・ホール!!』


 結びの力言葉を叫んだ。

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