第23話 暗黒騎士の実力⑤

「何だ……この部屋は!?」


 見るからに漂ってくる魔素の気配に、アルテマはゴクリと生唾を飲み込み、その部屋に近づいていく。


「だ、駄目ですよ、アルテマ!! その部屋に入っては」


 そのとき、階下から節子が慌てて駆け上がってきた。


「せ、節子……。これは……この部屋は一体何だ!? ……ここから物凄い魔素が感じられるんだが。ここには一体何がある!?」

「ここは……駄目なの。……とにかく、この部屋にだけは入らないでちょうだい!!」


 言って部屋の前に立ちはだかり、ドアを塞ぐ節子。

 その剣幕……と言うか懇願の姿勢に、アルテマは無理に進むわけにもいかず立ちすくむ。


「なぜだ、なぜその部屋に入ってはいけない? そこに何があるというのだ!?」


 問い正すが、節子は申し訳無さそうにアルテマを見つめたまま何も語らない。

 その目には、怯えと……それとは真逆の愛の感情が浮かんでいるように感じたが……その理由を訊く時間はとてもありそうにない。


 ――――ズドガァンッ!!!!

 ……………………――――ズドガァンッ!!!!


 またもや銃声が聞こえてくる。

 間隔が広がっているところを見ると、元一の体力もあまり残っていなさそうだ。


「くそ、ここで立ち止まっていてもしょうがないっ!!」


 アルテマは節子を押しのけて扉に手を当てる。


「駄目です!! アルテマ、ここは……どうかお願いっ!!」


 しがみついて止めようとする節子に、


「私が必要なのはここから溢れる魔素だけだ!! この扉越しに吸収するのならいいだろう!? 大丈夫!! 絶対に扉を開けたりはしないっ!!!!」

「魔素……? よくわからないけど……部屋を開けないんだったら……」

「ああ、絶対に開けない、約束しようっ!!」


 そう力強く誓うと、節子は腕の力を緩めてくれた。

 アルテマは目を閉じ、神経を集中させる。


「 魔素よ、我が元に集まれ――――魔素吸収ソウル・イート


 すると、その呼びかけに応じたように扉が青く光り始める。

 やがてその光は、いくつもの青い光の玉となってアルテマの手の平へと吸収されていった。

 そして光を吸収しきったアルテマは扉と同じく青く光りだす。


「ア……アルテマ!? アルテマ、大丈夫かい!!?」


 心配そうに頬を両手で掴んでくる節子。

 アルテマは気合に満ちた目で応える。


「ああ、大丈夫だっ!! 魔力は全て回復した。帝国近衛暗黒騎士アルテマ・ザウザーここに完全復活だっ!!」


 と、ちんちくりんな手で柔らかな髪を掻き上げ、今度こそ自信満々に胸を反らした。






 ――――ズドガァンッ!!!!


「……くそ、しぶといやつじゃの!! これで……七発か」


 シリンダーから薬莢を跳ね上げて元一が汗を拭う。

 悪魔に命中させた弾丸は七発。

 そのうち四発は頭に入れた。

 その度、悪魔は苦しみもがくが、しかしそれだけで、ダメージはすぐに回復する。


「通常武器じゃ倒せないというのは、どうやら本当らしいな……やっかいな」


 ――――ふしゅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。

 蒸気とともに傷を回復させ、悪魔が元一を睨む。


『おのれ小賢しい人間め、そんな攻撃など所詮は時間稼ぎ程度にしかならんぞ!!』


 怒り狂い、間を詰めて棍棒を打ち下ろしてくる!!

 ――――ドゴォンッ!!


「わかっている。まさにその時間稼ぎをしとるんじゃ!!」


 一撃を熟練の動きでするりと躱し、八発目の弾を込める。


「あの暗黒騎士を待っておるのか? 無駄だ無駄だ、奴は逃げたのよ、お前を囮にしてな!! 人間など所詮、その程度の卑しい生き物よ!!」

「否定はせんが、アルテマに限ってそれはない、撤回してもらおう」


 ――――ビタッ!!

 と、眉間に照準を合わせ元一が静かに激昂した。


『無駄だと言っておろうがっ!!』


 悪魔はそれを避けようともせず、棍棒を横殴りに振るってきた!!

 ――――ぶぉんっ!!

 それを後ろに引いてギリギリ躱し、がら空きの側頭部に照準を合わせ直そうとしたところで、


『遅いわっ!!』


 ――――ガキャンッ!!!!


 もう片方の腕で、その銃を弾き飛ばす悪魔。

 銃は遥か向かいの空き家の壁に突き刺さる。


「……ぐぅ……!!」


 弾かれた衝撃で指を負傷した元一は、苦悶の表情で一瞬動きが止まる。

 その隙きを悪魔が見逃すはずがなかった。


『馬鹿な老いぼれめっ!! まずは貴様から先に地獄へと送ってやろう』


 ――――ゴッ!!!!


 空気をも弾き飛ばす勢いで、巨大棍棒が元一の脳天へと振り下ろされる。

 くらえば即死、痛恨の一撃だ。

 避けようとしたが、一旦崩された体勢をすぐに立て直すのは年老いた身体には酷な相談。

 疲労も相まって足がうまく動いてくれない。

 元一は覚悟を決めて目をつむった。


 ――――ここで死ぬか。


 まあ良い。

 あの娘のために死ねるのなら悪くない、いや、むしろ上々の死に場所じゃ。


 節子よ、スマンが後はまかせた。

 ワシはあの娘の為に死ぬことを選んだぞ。


 悪魔の棍棒が元一の頭を割ろうとしたその瞬間――――、


 ――――黒炎竜刃アモンっ!!!!


 特大の黒い炎が悪魔を横殴りに吹き飛ばしたっ!!!!


『ぐぅあっ!! ――――な、なにぃっ!??』


 ――――ザンッ!!

 玄関扉から躍り出るように飛び出す一つの小さな影。


「末席の下衆悪魔が……。私の恩人に手をかけようとしたその罪……たとえ地獄の業火で燃やしたとしても消えるものではないぞ!!」


 そこには怒りに燃えたアルテマが、手から黒炎の残滓ざんしを燻ぶらせ立っていた。

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