第10話 不思議な祠

『電線。雷が通ってる。触ると危険だ』

『カーブミラー。角を見通す鏡。太って見えるよ』

『軽トラ。馬無し荷馬車。ウルトラ便利だ』

『耕運機。土を掘り起こす機械。敵に回すと危険』


「すごいすごい!! なんだこれは!?? これも、これも!! 見たことのない物ばかりだ!! すごい、素晴らしい!!」


 タブレットで、ある程度情報を得ていたが、それでも現実に見ると感動が違う。

 アルテマは年甲斐もなく、いや、見ため相応にはしゃぎ回っていた。


「すごいな……こんなに大きな鏡など……外に置いておいて大丈夫なのか? 盗賊が盗んで行ったりしないか??」


 カーブミラーのオレンジ色の柱にしがみつきながら興奮する。


「せん、せん。そんなもの盗んでもどこにも売れんわ」

「そうなのか!? ラゼルハイジャンでなら鏡一枚で馬一頭は買える。この大きさだと家が建つぞ!?」

「それはいいのう。ぜひ移住したいな」


 しばらく歩いて行くと水の流れる音がした。

 ――――!!

 アルテマはその音のする方へと慌てて走って行く。


 畑のあぜ道を抜けて、木々の間からそこを覗く。

 すると目の先には、大きく綺麗な川が豊富な水を蓄えてキラキラと流れていた。

 アルテマはしばしその光景に見とれ立ち尽くした。


「……なんじゃアルテマ。川がそんなに珍しいか?」

「ああ……」


 アルテマは感激に振るえ、放心しながらこたえる。


「帝国では水も貴重だ…………。ここは素晴らしいな、陽も水も、穏やかな風も……恵みはすべて揃っているな」

「…………そうだな。その通りじゃな」


 元一もあらためてその事に感謝するように、キラキラ輝く景色を眺めた。

 すると、アルテマは不思議そうに一つの方向を指差す。


「元一。あれは何だ? 何かギラギラ光った板と……大きな動く鉄柱が見えるが?」


 それは川の対岸の、そのまた向こうの山にある別集落の山腹。

 そこの緑を削って太陽光パネルの設置工事をしている工事車両たちだった。


「……ああ、あれは最近工事し始めたエコ事業とか、SDGなんとかと言う胡散臭いシロモノじゃ」

「……山を削っているようだが?」

「…………そうじゃ、ああやって自然を破壊し、自然を守っているんじゃよ」

「……? 言っている意味がわからんが??」

「だろう? ワシもわからん」


 そう言って元一は不機嫌になってその場を離れる。

 アルテマも、その不気味な光景をしばらく見ていたが、やがて元一の後を追いかけ走っていった。





「はあはあはあ……」


 アルテマは集落の中心にある、小さな山を登っていた。

 その頂上に彼女が倒れていた祠があると言うからだ。


 鬱蒼と木々が茂った獣道を登って行く。

 アルテマはすぐに汗だくになって息切れしていた。


「大丈夫かアルテマよ。お前がどうしても行きたいと言うから案内しているが、まだ怪我も治っとらんのだし、あまり無理をするでないぞ」

「わ……わかっている……し、しかし……本来の私は……この程度ではへこたれないはずなのだが……」


 やはり、幼児化が原因で体力がガタ落ちしているようだ。

 アルテマは仏頂顔で、しかし歯を食いしばって斜面を登った。

 元一の背中には先日の夜中にも持っていた鉄の棒が背負われている。

 商売道具だからと、外に出る時はいつも背負っているらしいが、


 ――――婬眼フェアリーズ

『猟銃。異世界の飛び道具。ずるい』


 ……猟銃? 銃とはなんだ? 

 たしか元一は狩人だと言っていた。

 ならば弓に近い物なのだろうか?


「おお、着いたぞ。あそこが例の祠じゃ」


 元一が指差す先に、猫の額ほどの平地と、その奥に小さな石の祠があった。


「……ここが、はあはあ……私が、ぜいぜい……転移してきた場所か……?」


 そこは本当に小さな空間で、特に手入れもされていないようす。

 地面は枯れ枝と枯れ葉に覆われジメジメと、祠は苔だらけに汚れていた。


「そうじゃ、この祠の真ん前でお前が素っ裸で倒れておったのじゃ」

「……そうか……ここか…………」


 アルテマはぐるりと周囲を見渡す。

 空も見上げ、空気を吸い込む。

 この場所が自分のいた世界、あの次元の渓谷と繋がっているとするならば、何か帰る手掛かりもきっとここにあるはずだと、アルテマはよくよく観察してみる。

 しかし、あるのは山の木々と草花ばかりで、それらしい物は何も見つからなかった。


 魔素の量はほんの少しだけ多いみたいだが……?


 ――――婬眼フェアリーズ

 祠を鑑定してみる。


『石の祠。異世界の神様が祀られている。お参りすれば良いぞ』

「異世界の神……異世界とはこっちの世界のことか? お参り……?? 元一、お参りとは何だ?」

「う~~~~む、まぁ……祈りを捧げるようなもんじゃな」

「なるほど、こうか?」


 アルテマは片膝を付き、両手を組んで真上に掲げた。


「帝国を見守りし魔族の神『サテラ』よ、我が声を聞きとげ、その願いを叶え給え」

「……何をやっとるんじゃ?」

「む? ……我が国の祈りの作法をしているのだが?」

「全然違うし、そもそもここの神はサテラとか言うものじゃないと思うぞ?」

「そ……そうか、それはそうだな。では何ていう神なのだ?」

「う~~~~ん……。ワシもよくわからんのぉ。なんせこの祠はワシが生まれるずっと前からこんな感じだったからの。普段はだれもここの管理はしとらん。多分何かの自然神を祀っていると思うのじゃが……」

「いい加減なものだのう……」


 呆れたアルテマだが、なにやら自分の手が光っていることに気がついた。


「ん? なんだ??」


 魔法など使っていないが……?

 そう不思議に思ったとたん――――


 ――――しゅぅぅぅぅぅぅぅん。


 音がして、その光が祠に吸い込まれていく。


「……おお??」


 そしてアルテマは気がつく。

 自分に残っていた僅かな魔力が、全て無くなっていることに。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ????」

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