第9話 神の御力

 その日の夕ご飯は寝床ではなく、初めて三人で食べることになった。

 ちゃぶ台に並べられた数々の品は、みな色鮮やかで、どれも美味しそうだった。


「これは……何と言う食べ物なのだ?」


 鼻をヒクヒクさせ、器を覗き込みながらアルテマは節子に聞いた。


「これは、ひじきと大豆の煮物ですよ。鉄分とカルシウムが豊富ですからね、怪我に良いんですよ」

「大豆はタンパク質が豊富で体をつくるからな、ちゃんと食うがいいぞ」


 元一が後に続いて説明してくれる。

 他にもほうれん草の胡麻和え、卵焼き、サンマの丸干、きのこ味噌汁、と並んだ。

 もう警戒などしていないが、興味本位で婬眼フェアリーズをかけてみる。


『海藻の煮物。ひじき、大豆、人参、油揚げ。しみじみ美味しいよ』

『野草のボイル。ほうれん草、ごま。さっぱりこってり美味しいよ』

『鳥卵の焼き物。出汁入り、しょっぱいタイプ。ふんわり美味しいよ』

『干し魚の焼き物。油と旨味がたっぷり。だんぜん美味しいよ』

『豆のスープ。なめこ、えのき、しめじ。ぬるぬる美味しいよ』


 ……よくわからないが、美味しいことだけはわかった。

 実際食べてみる。


「……………………」


 食べてみようとしたのだが、スプーンもフォークも無く、あるのは二本の棒だけだった。

 見ると、元一も節子も器用にそれを使って食事をしている。


『異世界の食器、『箸』。わりと万能。覚えると良いぞ☆』


「……良いぞ☆って言われてもな…………」


 何とかやってみようと、見様見真似でお箸とやらを使ってみるアルテマ。

 ところが思ってたよりも難しく、二本の棒がそれぞれ明後日の方向を向いてしまう。


「む、むむむ…………」


 苦戦しているアルテマを見て、元一は、


「まぁ……最初だとこんなもんだろう。どれ婆さん、匙を持ってきてやってくれ」

「いえ、まだまだ。もうちょっと練習してからにしましょう。アルテマや、お箸はこうやって、こうして持つんですよ」


 節子は、アルテマの手を取って丁寧に持ち方を教え始める。


「おいおい……ぼちぼちでいいじゃろう? 飯が冷めるぞ?」

「いいえ、ここで生活していくんならお箸を覚えるのは大事ですよ。どこに行くにも使いますから」

「まあ、そうだがな……」


 少し渋い顔をして、ずずず……と味噌汁を啜る元一。


 いやまて、ずっと住む気は無いんだがな……とアルテマは思ったが、なんだか節子の押しに負けて素直に箸を覚えることにした。


 けっきょく、その日の夕食を平らげるのに二時間ほど掛かってしまった。





 次の日――――。


 アルテマは朝から家の周辺を探索してみることにした。

 元一が案内役として付いてきてくれる。


「いいか、アルテマよこっちの道へは行ってはいかんぞ」


 家を出てすぐの道で、元一がいきなり左側を指して言った。

 指差す先には馬車が通れるほどの道が緩やかに森へと向かって曲がっている。


「? そっちには何があるのだ?」

「この道をずっと進むと村の別集落に着くんじゃが、かなり遠くて険しい。それに向こうの者達はアルテマのことを知らんから、それを見ると驚くかも知れんからな」


 言って、アルテマのツノを指さした。


「む……そうか、ここではこれを見られるとマズイのか?」

「こっちの世界には実際にツノの生えた人間はおらんしな。ヘタに写真でも撮られたら秒で拡散されてエライことになると、若い衆が言っとった。何にせよ、お前はあまり人目につかんほうがいいじゃろう。……いまのところはな」


「む。よくわからんが、わかった。私も目立つのは避けたい」

「うむ。ならば念の為これもかぶっておくがいい」


 そう言ってボスっと被せてきたのは枯れ草で編んだ帽子だった。


 ――――婬眼フェアリーズ

『麦わら帽子。涼しくてお洒落。たまに毛が持っていかれるよ』


 ツバが広くて影が大きい、これなら額のツノも隠れそうだ。


「おお、すまんな。ありがたく頂戴しておこう」

「うむ。とっても似合っておるぞ」


 ――――パシャ!!


 いきなり後ろで機械音が鳴った。

 振り向くと節子がカメラを持ってニコニコと二人を見ていた。


「なんじゃ婆さん、いきなり」

「ごめんなさいね。とってもアルテマちゃんが可愛かったから」


 今日のアルテマは子供用のフリフリが付いたピンク色のシャツに短パン、それに麦わら帽子。

 節子の言う通り、とっても可愛かった。


「あれは何だ?」


 節子の持っている機械を指さして聞いてみる。


「カメラじゃ。写真――――お前さんの姿を記憶しておく機械じゃよ」

「それはマズイんじゃなかったのか?」

「…………ワシらはいいんじゃよ」

「そうか、ならいい」


 よくわからないが、元一が良いと言うなら良いのだろう。

 もうアルテマはすっかりこの二人の事を信頼していた。

 信頼というよりかはもっと深い、安心、すらも感じていた。


 元一と一緒に少し集落の道を歩いてみる。

 家の裏山にあたる小高い丘。

 それを中心に、細い道が沿うように伸びて、その側にはこの世界独特の形をした家屋が点在している。

 だがその多くには人が住んでいる気配はない。

 建物自体も手入れがされず、なかには倒壊しているものもあった。 


 ここは木津と言う名の村の中でもかなり外れにある蹄沢ひずめさわと言う集落らしく、ほかの集落ともかなり離れた特殊な地形にあるらしい。


「集落の回りがぐるりと川に囲まれていてな。それがまるで馬の蹄のように見えるから『蹄沢ひずめさわ』と呼ばれとるんじゃが、その不思議な地形は神の御力により形作られたものと言い伝えられておる。最近じゃパワースポットとか言われておるの」

「神? 神が作った土地なのか??」

「言い伝えじゃよ。……しかしお前が倒れているのを見て、ワシはそれもあながち嘘ではないと、いまは思っておる」

「神の御力か……」


 なるほど……それでここに転移されたのか?


 アルテマはこの地に自分が落ちた因果を知った気になり、そしてそこにこそ元の世界に帰る手掛かりがあると、すこし希望を見た気がした。

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