第8話 好意

 アルテマは、元一に伝えたのと同じ内容の話を集落の皆にも話した。

 反応はみな様々だったが、しかしバカバカしいと一蹴する者もいなく、皆それぞれにアルテマの話を真摯に聞いてくれた。


「……ワシらも長年生きてきて、これまで色んなモノを見てきたからのう……。流石に『魔族』とやらは見たことなかったが……まあ、実際にツノを見てしまったらの……信じるしかあるまいて……のお?」


 六段が飲兵衛に同意を求める。


「ワシはもとより了解済みや。身体を診断したが、ツノ以外は人間と変わらん。そんな事よりも驚きなんが――――お前さん……四十超えってほんまか!?」


 飲兵衛のその言葉に、元一や節子を始め全員がアルテマに注目する。


「……うむ。非常に言い辛いことだが……本当だ。私は確かに帝国に生を受け、そしてこの歳までしっかりと生きてきた。……こんな姿になって自分でも何が何だかわからないんだ」

「……ふむ。もしかしたら、異世界からこちらへ渡ってくる時に、何らかの力の作用が働いたのかもしれんの? ほら、あるじゃろう? 時空の歪みで時間軸がどうのこうのとか……」


 元一が考え込みながら言う。


「へえ、時間軸とか……ゲンさんそんなSFチックなこと言うんですね?」


 そんな元一を意外そうな顔で見るヨウツベ。


「言うともよ。ワシだって元テレビっ子じゃ。子供の頃はアポロ計画の特集番組や心霊特番で心を踊らせていたもんよ」

「……へぇ……それは、わたしも見てみたいな……その時代のテレビ特番……興味ある……木曜スペシャル~~……」


 丈の合っていない袖をプラプラさせながらモジョが呟く。


「まぁなんでもええわ。大人やって言うんなら、親睦の証にコレやらんとあかんやろ!!」


 ――――ドンッ!!

 と、大きめの茶色い瓶をちゃぶ台の上に置く飲兵衛。

 ? なんだこれはとアルテマは婬眼フェアリーズで鑑定する。


『異世界の酒。日本酒。甘くて美味しいよ』


「……酒か、それはいいな。ぜひ頂きたい」


 アルテマは自分のぶんの湯呑を空にすると、ずいっとそれを差し出した。

 ノッてもらえた飲兵衛は心底嬉しそうな顔をして、


「なんや、お前さんイケる口か?」


 と、ニヤリと笑う。


「ま、騎士の嗜み程度にはな」


 同じく笑いを返すアルテマ。


「そうこなくてはな」


 ウキウキで酒を注ごうとする飲兵衛。

 しかしその頭をワシッっと掴む手が一つ。

 ぬか娘である。


「……未成年にお酒を飲ませちゃダメですよねぇ~~~~……?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 と、怒りのオーラを燃やしつつ睨みつけてくる。


「い、いや、しかし本人が大人だといっとるんやし、べ、べつにええやろ??」

「ダメです!! ビジュアル的にアウトです!! それにアルテマちゃんは怪我してるんですよ? 怪我人はお酒飲んじゃいけないんでしょ?? 元医者なんですよね、飲兵衛さん!???」

「ほんな細かいこと言わんでも……ちょっとくらい、どってことあらへんって……」


 そんな適当なことを言う飲兵衛からアルテマを引き剥がしたぬか娘は、


「ね、そんなことよりも異世界の話、もっと聞かせて!! 近衛暗黒騎士ってなに?? すっごくソソられるんだけど!!!!」

「お、お、お、お、お、おっ????」


 鼻血をポタポタ流しながら焦点の定まってない目で迫ってくる。

 その圧倒的密着感に堪らず後ずさるアルテマ。


「帝国って? 聖王国って? 魔族って他にも種類がいるの? エルフって向こうじゃそんな嫌な感じなの? 魔法は? 魔法ってあるの? アルテマちゃん使えるの????」

「だがら、止めんかと何度言わせる!!」

 

 ――――ごすっ!!

 六段による三度目のゲンコツが頭にめり込む。

 そのスキにアルテマは元一の後ろへと逃げ隠れた。


「まぁ、皆の衆も色々質問もあるじゃろうが、アルテマはこの通りいまだ怪我が癒やされておらん。質問攻めにするのはいましばらく待ってやってくれんか?」


 そんな彼女の頭を撫でつつ頼む元一爺さんの言葉に、一同がウンウンと頷いた。

 六段爺さんはぬか娘の首根っこを引っ張り上げて、


「わかっとるな?」


 と釘を差す。


「……う~~~~はい……」


 しぶしぶうなずくぬか娘。


「しかし、当面はこっちに留まり傷を癒やすとしてもですよ? その後はどうするつもりなんです? ……異世界に帰るとか??」


 ヨウツベが聞いてきた。

 その質問に、あからさまに動揺し暗い表情になった元一と節子が寂しそうな顔でアルテマを見る。


「……一応、そのつもりで考えている。向こうに残した部下や仕事もあるしな。なにより私を討ち取ったと思っているあの思い上がりの聖騎士のケツを蹴り上げてやらんと気が収まらん。……もちろんその前に、世話になったあなた達には出来る限りの礼はさせてもらうつもりだ」

「そんな……礼なんていいんですよ? そんなことよりも、ここでずっと暮らしていたほうがいいんじゃないのかい? 向こうの世界は危険なのでしょう?」


 節子婆さんが心底心配そうに言ってくる。

 どうか帰らないでくれ、そう言いたそうに。

 しかしアルテマはそんな節子の気持ちに気がつくも、目をそらして少しうつむく。


「……いや、さすがにそこまでは迷惑かけられん」

「いいんですよ、言ったでしょ? あなたはいつまでもここにいていいって!!」


 さらに強い口調で言ってくる節子に、


「まぁまぁ、節子婆さん、何もいますぐ帰るって言ってるわけじゃない。……とりあえずは戻る方法も解らんのだろう? ならばそれまでは元一さん家の好意に甘えさせてもらえばいいだろう。後のことはまた後で考えればいい。ワシらも協力は惜しまん。困ったことがあったら何でも言ってくれ」


 と、六段爺がなだめに入る。


「……すまん、ありがとう。恩に着る」


 そんな一人ひとりの気遣いをありがたく思い、アルテマは全員に向かって深々と頭を下げたのであった。

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