第4話 魔法力激減

 それから三日ほど、アルテマは怪我の回復のためずっと布団の中にいた。


 時折、人が訪ねてきた気配がしたが、お婆さんが心配ないと追い返してくれていたようだ。

 できれば起き上がって外を探索したかったが、怪我の影響で発熱しており、熱が下がるまでは起きるなと、お爺さんに言いつけられていた。


 幼児化して体力もガタ落ちしているようだ。

 アルテマは素直にその言葉に従った。

 しかしこの三日間、何もしていなかったわけじゃない。


 まずアルテマは自分の魔法がこの世界でどれだけの威力を残しているか確認した。

 身体が小さくなってしまった以上、剣技はあまりアテには出来ない。

 いざとなった場合、頼れるのは魔法しかないだろう。


 アルテマが使える魔法は――――、


 婬眼フェアリーズ(探索系)

 黒炎竜刃アモン(火炎攻撃系)

 魔呪浸刀レリクス(武器強化系)

 呪縛スパウス(除霊系)

 腐の誓いシスターセル(魅了系)

 開門揖盗デモン・ザ・ホール (通信・転送系)


 の六つである。


 本来はどれも近衛暗黒騎士の名に恥じない強力な魔法だが、魔素の少ないこの世界ではたしてどこまで使い物になるのか。


 試した結果がこれだ。


 婬眼フェアリーズ(若干使える)

 黒炎竜刃アモン(ロウソク程度の火)

 魔呪浸刀レリクス(気持ち強くなる?)

 呪縛スパウス(?)

 腐の誓いシスターセル(??)

 開門揖盗デモン・ザ・ホール(応答なし)


 痛いのは開門揖盗デモン・ザ・ホールだった。

 これは指定した者と遠距離で会話ができる伝達魔法で、お互いの魔力と技術が優れていれば、小さな物ならば転送までできる超便利魔法であった。


 ダメ元で、元の世界にいる仲間や師匠に呼びかけてみたが、なんの反応も返ってこなかった。

 魔素が少ないせいなのか、それとも世界が変わってしまったせいなのか。

 どちらにせよ、うんともすんとも言わなかった。

 これさえ使えれば、救援を呼ぶことも可能かもしれなかったのに……。


 残念だが……どうしようもない。


 アルテマはタブレットPCを手に取り、スリープを解除した。

 この部屋にはテレビがないからとお爺さんが貸してくれたのだ。

 テレビが何のことだかわからなかったが、手渡されたこのタブレットを婬眼フェアリーズで解析すると、


『異世界の百科事典。森羅万象の化身。暇つぶしには最適だよ』

 と答えてくれた。


 これも何のことだかわからなかったが、使い方をその都度、婬眼フェアリーズで確認すると、すぐにその意味がわかった。


 この薄い板にはこの世界の全てのことが詰まっていた。


 国、歴史、言語、通貨、文化、文明、科学力。

 その圧倒的な情報量にアルテマは押しつぶされそうになった。


 当然、この短い間で全てを閲覧することなど出来なかったが、この世界の『科学』と言うものを多少なりとも学んだ。


 アプローチは違うが魔法に似ている。

 そう思った。


 例えばこのタブレットにしても、検索すれば何でも答えてくれる。これは婬眼フェアリーズと同等の仕掛けだと思った。


 ……なるほど、魔素が少ないぶん、この世界は『科学』で発展してきたのか。

 しかもその発展具合は、にわかには信じられないほど進んでいる。

 それはアルテマの故郷『ラゼルハイジャン』の世界、どの国も敵わないほどに。

 タブレットの示す情報が本当ならば、の話であるが。

 しばらくするとお爺さんが人を連れて入ってきた。


「起きておるかアルテマよ。客を連れてきた、入るぞ?」


 そう言うとスラリと障子が開かれ、お爺さんとはまた違う、もう一人の別のお爺さんが入ってきた。


「ああ、警戒せんでいいぞ。こいつは同じ集落の人間で、お前さんの怪我を診てくれた元医者じゃ」


「医者……?」


「………………中瀬なかせ しげるや、よろしくな……どれどれヒック」


 中瀬と名乗ったその爺さんは、白髪てっぺん禿頭にポッコリお腹。前の開いた白いローブ(白衣)をだらしなく引っ掛けて赤ら顔をしながら、しゃっくりまじりにアルテマに近づいてきた。


「臭い」


 顔をしかめ、正直にそう言ってしまう。

 悪気があったわけじゃない。

 ほんとに酒臭すぎて、思わず言ってしまったのだ。


「ああ、こいつは飲兵衛でな。一日中飲んで酒臭いが我慢してやってくれ」

「……この世界の医者は酔いつぶれながら患者を診るのか?」

「ワシはもうとっくに引退しておるよ。いまはこの辺境の集落で、日がな一日飲んだくれているただの老いぼれや、かっかっかっ!!」


「………………」


「ああ、こう見えても腕は確かじゃ。ワシや婆さんもときどき診てもらっておる、街の若医者なんぞよりはよっぽど信用できるわい」


 中瀬と名乗った元医者はアルテマの顔色を確認し、脇に何やら棒を差してくる。

 婬眼フェアリーズで確認すると、


『体温計。体温を測る計器。脇よりお尻の穴がおすすめだよ』


 …………なるほど……脇を選んでくれるほどの思いやりはあるようだ。


 包帯を解いて、傷口を確認する。

 丁寧に、器用に縫われていた。


「ほおほお……化膿もないし、熱も下がっとるなぁ、ヒック」


 さらに薬を塗って新しい包帯を巻いてくれる。


「ほなら、ほかにどこか辛いところはないか、ヒック?」

「とりあえず息が臭すぎて倒れそうだ……」

「はっはっはっは!! 嗅覚、異常なしと。よ~~しじゃあそろそろ、少しなら動いても大丈夫やろ」

「そうか、良かった。手間をかけさせたな」


 元一爺さんが礼を言う。


「なぁに、龍神丸 一本で構わんよ? ひっひっひ……ヒック」


 そう言って中瀬爺さんは鞄を閉じて、帰ろうと立ち上がった。

 龍神丸とは地元酒の名であるが、そんなことはアルテマにはわからない。

 その背にアルテマは声をかける。


「待ってくれ。……あなたは私を不思議に思わないのか? ……その、色々と事情を知っているのだろう?」


 ツノを摩りながら、バツが悪そうに聞いてみる。


「ん? ……鬼の娘としか聞いとらんが?」

「そ、そうか……いや、それでもこの世界ではおかしな存在なのだろう?」

「……細かいことは気にせんわ。角があろうがなかろうが、人の形して喋っていればだいたい人間や、ほんならな、また診にきたるさかいな……ヒック」


 ニッカリ笑うと中瀬爺さんは、アルテマの頭をぽんぽんと叩いて帰っていった。

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