第3話 やさしいお粥
「ほぉ……異世界の、帝国近衛暗黒騎士……? アルテマという名前か」
アルテマは二人の老夫婦に対してこれまでの経緯を正直に話した。
自分の身分。
名前。年齢。種族。
異世界の住人であること。
こちらの世界に転移してしまった理由、全て。
見知らぬ相手に自分の素性を話してしまうのは本来危険な行為なのだが、しかしここは異世界。まずは元の世界に帰ることを最優先に考えるのならば、自分の正体や事情はさらけ出したほうが効率よく情報を集められるだろう。
危険はもとより承知の上で、アルテマは全てを話した。
すると、お爺さんはかなり考え込み、
「異世界か……。突拍子もない話だが、そのツノを見る限りあながち嘘をついてるとも思えんのぅ」
と、アルテマの額に生えた角を見て言った。
アルテマも自分の角を触ってみる。
隨分と小さくなってしまっていた。
体が幼児化してしまった影響だろう。
この謎についてはひとまず置いておく事として、
「すまない。こちらの世界にはこんな角を持った人間―――魔族は居ないのか?」
と、聞いてみた。
「魔族か……うむ、言葉としてならあるが、実際にはいないのぅ。ワシはてっきり鬼かと思ったがのう?」
「鬼?」
「ああ、こちらの世界の妖怪じゃよ。頭から角が生えておって怪力で暴れん坊のな」
「私もびっくりしましたよ、いきなりお爺さんが慌てて山から下りてきて、頭に角が生えた鬼娘さんを抱えているもんだから、もうどうしようかと……」
「私は山にいたのか?」
「ああ、すぐそこの裏山じゃ、突然山が轟音とともに光ってのう。何事かとそこへ向かってみれば、祠の前にお前さんが素っ裸で倒れていたんじゃよ」
素っ裸?
そういえばそうだ。私は今も裸じゃないか?
アルテマは慌てて胸を隠す。
が、隠さなくてはならない膨らみなど、どこにもなかった。
下半身だけはズボンのように大きくてブカブカのパンツを履かされていた。
「ワシは慌てて救急に連絡しようと思ったがの……。お前さんのツノを見て、これは人じゃ無いかも知れんと思ったんじゃ。バカバカしい話じゃが、この歳になると妖怪とか幽霊とか……そういったモノを案外簡単に受け入れるようになってのう。だから変に人目に晒すのはマズイかもしれん、そう思い、婆さんと集落の人間にだけこの事を話して、皆でお前を看病しておったのじゃよ」
つまりは、匿っていてくれたというわけか。
ありがたい気遣いにアルテマは素直に頭を下げる。
「それは有り難かった。私も一応は追われる身だからな。すまない、機転に感謝する」
「ワシの名前は『
「
お婆さんはニッコリほっこりと笑顔を作ると、アルテマにお膳を勧めてくる。
ありがたい申し出だが……逆に親切過ぎやしないか?
違和感を感じるアルテマだが、しかしこの怪我と小さな身体だ。
右も左もわからないこの世界で、今のところ頼れるのはこの老夫婦しかいない。
「ささ、話もいいですけど、何をするにもまずは食べんといけませんよ。冷めないうちにさあ、お食べ」
節子お婆さんは木の匙でおかゆをすくうと、アルテマの口まで持ってくる。
「……………………」
まだ完全に信用出来るわけではないと、アルテマは声には出さずに口の中だけで呪文を唱えた。
(――――
『お粥。米を水で煮たもの。とても美味しい。やけど注意だよ』
…………米? 聞いたことの無い食材だが、しかし
……ならば。
アルテマは「いただきます」と感謝の言葉を伝え、恐る恐るその匙を口に入れた。
と、
「――――っ!?」
う、美味いっ!???
口にした途端、米という名の穀物が持つ芳醇な香りがぶわぁぁぁぁぁぁぁっと鼻に抜けた。
そして感じる絶妙な塩味と甘み。
具として入っている何かの卵らしき物も嫌な臭みは全くなく、まろやかな風味と舌触りで心を癒やしてくれた。
アルテマはたまらずお婆さんから匙と茶碗をひったくると、
――――ガッガッガッ!!!!
と、空腹に負けるがまま一気に熱々のお粥をかっこんだ!!
「ぶ~~~~~~~~っ!!!!」
そして盛大に吐き出した。
「熱っい、あっつい、熱い、熱っいっ!!!!」
ごろごろと転げ回るアルテナ。
「痛ったい!! 痛い、痛たたたたっ!!!!」
暴れた衝撃で肩の傷が開き、今度は激痛でのたうち回る。
「あ~~あ~~何をやっとるんじゃ、ほら婆さん水じゃ水じゃ!!」
「あらあらあらあら!!」
節子お婆さんは水差しから水を汲むとアルテマにコップを渡す。
――――んごっごっごっごっごっ!!
「はぁぁぁぁぁ~~~~~~~~」
一気に飲み干し一息ついたアルテマは、お粥まみれになった畳を見て。
「す……すまない。美味しすぎて、つい後先考えずかっこんでしまった」
赤くなってうつむくと、
「…………は、ははははは!!」
「やだよう、もうこの子は。慌てなくたって誰も取りはしませんよ? ふふふふ」
二人はそんなアルテマを責めることなく、笑ってくれた。
その目はなぜかとても優しかった。
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