第5話 豊かな世界
「……これは……なんて豊かで美しい……」
外へ出ることを許されたアルテマは、服を借り、さっそく表へ出てみた。
するとそこには豊富な陽の光に包まれた緑の世界が広がっていた。
玄関のすぐ向かいには細い道を挟んで畑が見える。
美味しそうに、丸々と太った赤い果実が無数に実を結んでいた。
『トマト。異世界の食用植物。どんな料理にも使えるよ』
アルテマの故郷サアトル帝国は陽の光に貧しい国だった。
おかげで作物は育たず、食糧不足で国民は万年飢えに苦しんでいた。
アルテマは惹きつけられるように畑に入り、トマトの実を掴むと、物悲しげにそれを眺める。
「……こんな色鮮やかに、こんなに丸々と実って……。我が国にもこれほどの恵みがあれば戦争など起きなかったろうに……」
この三日間、欠かさず食事も与えられた。
それはどれも目が飛び出るほど美味しく、贅沢な物だった。
アルテマは借りた服のスカートを持ち上げる。
子供用に小さく作られたそれは、水色のワンピース。
肌触りの良い上質の布を丁寧に縫い合わされて形作られたそれは、帝国貴族の中でも、ごく限られた者ぐらいにしか与えられないほどの上等品。
正体の分からない異質な存在であろう自分に対して、どうしてそれだけの手厚いもてなしをしてくれるんだろうと不思議に思っていたが、この畑を見て納得した。
「……ここは、とても裕福な世界なのだな」
トマト畑を見回しながら、眩しそうにアルテマは呟いた。
「……お前さんがいた世界は貧しかったのかの?」
一緒に外に出てくれていた元一爺さんが聞いてきた。
「……豊かな場所は豊かだったが、そういう土地はみなエルフ族が独占していた。我ら魔族はみな、日差しのない痩せた土地へ追いやられ、労働階級の者などは一日パン一つでもあればいいほうだったよ」
「エルフ族と言うのはなんじゃ?」
「神に祝福されたと言い張る耳長族どもだ。自分たちの国を聖なる存在『聖王国』と名付け、全ての正義と富を独占している連中だ。我らが魔族の国サアトル帝国と、その他の弱小国はみなこいつらの傍若無人に苦しまされている」
「なるほどのう、大変な世界から渡ってきたんじゃの。しかし……こっちの世界もよく似たものかも知れんぞ?」
「かもな……」
こっちの世界の情勢もタブレットから得られた情報である程度わかっていた。
どうやら自分は、この世界でもかなり裕福な地域に転移できたようだ。
「魔神様に感謝せねばならんな……」
アルテマは両手を組み合わせ、この世界にいるはずのない魔族の神に祈りを捧げた。
すると突然、トマトの生る茎と茎の間からギョロリと人の目が現れた。
「ひひ、ひやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!??」
突如現れた不気味な顔にアルテマは思わず飛び上がり、腰を抜かして尻餅をつく。
「ほっほっほ、なんやなんや? もう夕飯の時間かえ?」
そう笑いながら出てきたのは、節子とはまた別の、ちんちくりんのお婆さんだった。
「おやおや、
ワケのわからないことを言いながら、トマトをぷちんと引きちぎるとアルテマの口にねじ込んでくる。
「も!? もがも、ははにゅいをふるか!! ひひゃまはっ!??」
口と顔面をトマトの汁でぐちゃぐちゃにされながら、もがくアルテマ。
「あ~あ~占いさん、その子はあんたの連れ合いじゃない。こら、やめてやらんか、苦しがっているじゃろう」
そう言って元一は『占いさん』と呼んだお婆さんをアルテマから引き剥がす。
「な、な、な……なんなんじゃ、いきなりっ!??」
「すまんなアルテマよ。この婆さんは近所の者なんだが、最近すっかりボケてきての、ときどきおかしな事を言い始めるんじゃ。どうか勘弁してやってくれ」
やれやれと、婆さんを畑の外に引っ張り出すお爺さん。
と、そこにまた別の野太い声がかけられる。
「おお、ゲンさん。占いさんを見なかったかって…………捕まえといてくれたのか、良かった良かった。手間をかけたか?」
言ってニカニカ笑いながら、ヒョコヒョコぎこちなく歩いてくるのは、年の頃なら元一より少し若いだろうか? 髪一本無いハゲ頭で、やたら体格のいい、これまたお爺さんだった。
「六段か、おはようさん」
「訪ねて行ったら、朝飯撒き散らしてもぬけの殻になってるからよ。またボケて徘徊して用水路にでもはまってるかと慌てたわ。まぁ、無事ならって……おお、鬼娘じゃないか? 元気になったのか??」
「ああ、今朝、飲兵衛に診てもらったよ。もう少しなら動いても大丈夫だそうじゃ」
「そうかそうか」
興味深げにその爺さんはアルテマの顔をマジマジと見つめる。
そして角をツンツンと突くと、
「ほぉ~~……ほんとに角だなぁ。なんだって? おヌシ異世界から来たらしいじゃないか? 面白い、今度話でも聞かせてくれないか」
にこやかにアルテマに話しかけてくる。
そういえば自分を助けたとき、集落の人間と協力して匿ってくれたと言っていた。
ならばこの爺さんもある程度は自分の事情を理解してくれているのだろう。
「ああ、私は帝国近衛暗黒騎士アルテマと言う。世話になったようで感謝する」
「おお、ワシは藤堂 新八と言うものじゃ。……暗黒近衛騎士とは、またずいぶん大層な肩書を持ってきたもんだのぉ?」
藤堂爺さんが目を丸くしてアルテマを見つめていると、
「あ、あ、あ、あ、アルテマちゃ~~~~んっ!!!!」
遠くの方から土煙を上げ、一人の若い知らないお姉さんが、なぜか猛スピードでこちらに走ってきた。
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