第4話 結局のところ、誘惑には逆らえない ~6月30日①~



 あれからも何度か茜からの招集命令を受けた。

 幸いと言うべきか、例の日記の覗き見ならぬ覗き聞きは結局茜にバレる事も無く、あれ以降は一人でこの部屋に居るような事態にもならずに済んでいたから、あれから一度もあのテープの続きを聞くような事にはならなかった――というのに、だ。


「……居ないとか」


 思わず「ハァ」とため息を吐く。

 またこの部屋で一人である。


 やっぱり一人で待つとなると、暇を持て余してしまう。

 茜が俺の部屋に来た時は勝手にマンガを読んだりして時間を潰したりするくせに、俺がやったらと必ず怒るというこの不公平、ちょっと理不尽なんだよなぁ。


 強行するという手も無いではない。

 別に俺は少女漫画とかに抵抗ないし、許可が出れば十分暇つぶしもできる。


 が、茜は怒るとその日一日はずっと機嫌が悪くなるのだ。

 かなり面倒臭いので、消去法で泣く泣く俺は時間を持て余すしかない。

 


 そう、だから俺はこの部屋で、ボーッとするしか選択肢が無い。

 そっちの方を見るんじゃない、俺の目よ。



 どうしても視界に入ってしまうラジカセに、「いや、ダメダメ、ダメだろう。だって日記だぞ? もし続いていたとしたら、間違いなく茜の完全プライベートな部分が吹き込まれている代物だぞ?!」と拒絶する。


 が、何度「ダメだぞダメだ」と繰り返してみても、目が吸い寄せられる。

 そもそもあのラジカセが、この部屋にミスマッチなのがいけないのだ。

 武骨な感じも原色の赤も、この丸みを帯びたモノが圧倒的に多いマカロンカラーの部屋だと目立つのだ。

 何十年前かのじいちゃんよ、買うならせめて白とかにしてくれれば良かったのに。



 分かってる。

 そもそも他人の日記を見るなんてご法度だ。

 「見るんじゃない、聞くんだ」なんて、そんな屁理屈的言い訳頭に出てくんな。


 俺だって、もし茜に日記読まれたら嫌だろう?

 ほら茜とか、絶対に内容に言及して笑ってきたりとかするだろうし。


 ……ん?

 って事は、内容を揶揄わなければ大丈夫?

 いやいやそんな筈無いだろ、しっかりしろ――なんて事を考えながらも、気が付けば手はしっかりとあの武骨なラジカセを手に取っていた。


 あー……。

 どうすんだよ、バレたら茜にぶん殴られるぞ。

 俺には容赦ないんだから、締め技とか絶対掛けられるぞ。

 しかもじいちゃんが教えたヤツだから、完璧に決まるっていう確定事項付き。


 もうじいちゃん、「護身術が必要じゃろう」とか言って、茜狂暴化の手伝いをしないでほしい。

 毎回定期的に練習台と化す俺の犠牲をさも微笑ましいもののように見てるけど、こういうのを生贄っていうんだ絶対。


 そんなどうでもいい事を考えている内にも、手に取ったラジカセの再生ボタンに指が伸びる。

 だからダメだって!

 ダメだダメだダメ――カチリ。

 

<……6月30日、うーんと今日はねー>


 あぁぁ、押しちゃったぁ……。

 なんて思いながらも、俺の耳は結局しっかりとラジカセから聞こえる茜の声をキャッチして離さない。


<みっちゃんとチヨりんと三人で『帰りに限定アイス食べに行こう』って話になってたから、直行する予定だったんだけど……シュンがねぇー>


 ハァーッという、ひどくわざとらしいため息を聞こえてきて、俺は思わず「俺?」と首をかしげてしまう。

 俺が何だよ、一体何をしたって言うんだ。

 特に何もしてないぞ。


<忘れ物取りに行ったらさ、アイツ、一人で教室を掃除してんの。掃除当番だって言うから『アンタ一人じゃない筈でしょ』って聞いたら『他の人達はみんな帰ったから』って。どうせ適当な理由を付けられて、サボられちゃっただけでしょうって言う話。もうねー、ちゃんと『掃除しろ』って言えよ。同級生相手なんだしさ>


 「あー、あれか」と独り言ちた。

 確かにあったな、昨日そんな事。


 でもさぁ、だって忙しそうだったんだよソイツラ。

 主に友達と遊ぶのに。


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