第2話 目についたラジカセのボタンをポチッとしてみたら ~6月14日①~
最初の時は、6月の中旬だった。
俺にとって茜に呼びつけられて家に行くのは最早いつもの事であり、ため息交じりに素直に従う事もいつもの事だ。
何一つ特別な事はない。
起きないと、思っていた。
「おーい茜ー? ってあれ居ない」
自分で呼びつけておいて居ないという事はよくある事だ。
そもそも幼馴染だから家に上がるのも顔パスで、一応人様の家だからリビングには顔を出すけどチャイムも押さない。
茜の母親は嫌な顔をする事も無く、家に娘が居なくても「上がって待ってて」という言葉さえ省いて俺を歓迎する。
飲み物もセルフサービスの代わりに、俺にとっては気兼ねの無い場所だった。
「ったく、『帰ったらすぐに来い』とか言うんなら自分も早く帰ってろよなぁ……」
俺は今日、委員会の用事で帰ってくるのが遅かった。
対して茜は、今日は部活の休みも無く他に引き留められるような事も無い。
どうせまた友達と話し込んでいるんだろうけど、だったらせめて『帰ったらすぐに来い』じゃなくて『私が帰ったら連絡するから』にしてくれればいいものを。
なんて思いつつ結局茜の言葉に従って帰って早々に来ちゃう自分も、中々にヘタレだと思う。
だってしょうがないだろ?
茜って、怒ると怖いんだ。
ハァとため息をつきながら、とりあえず床に腰を下ろす。
携帯はあるけど、使えるパケットに限りはある。
家ではWIFIが使えるから浮かせられるけど茜んちじゃなぁ、なんて思いつつ手持無沙汰さを抱えて部屋を見回す。
その時だった、赤いラジカセを見つけたのは。
日の光に少し色褪せたそのラジカセは、ガーリーな茜の部屋には不釣り合いな、飾りっ気のない武骨さだ。
正直言って、浮いていた。
だからすぐに目についたのだ。
「確かコレ、先週茜のじいちゃん家の倉庫を片してた時にあった……」
茜の家とは家族ぐるみの付き合いで、隣町にある茜のじいちゃんとも顔見知りだ。
母親から倉庫の片づけをするように言われた茜に言われ、俺も一緒に片付けた。
その時にあったのが、埃を被ったこのラジカセだった。
「じいちゃんに言ったら『使わんからやる』って言われたヤツだよな。まぁ茜は『こんなの何に使うのよ』とか言って、めっちゃ口尖らせてたけど」
なのに何故ちゃんと棚に片付けられているのかというと、答えは簡単。
あんな口を利きながら、結局茜がおじいちゃん子だからである。
でなければ、そもそも茜は倉庫の片付けになんていかないし、ラジカセの使い方を教えてくれたじいちゃんの説明をあんなに真剣に聞いたりもしなかっただろう。
基本的に素直じゃないのだ、茜って。
「俺が触りたがった時に手ぇはたき落されたしなぁ」とひとしきり苦笑して、それからチラリとラジカセを見た。
気になる。
一回で良い、触ってみたい。
勝手に触ると間違いなく怒られるだろうなぁと思いつつ、一度立ち上がりそれとなくドアの外に顔を出してキョロキョロと見る。
誰も居ない。
パタンと扉を閉めて元の所へと座り、またチラリとラジカセを見た。
……押してみても、良いだろうか。
良いよな、押すくらい。
一回だけだ。
一回押すくらいなら、多分茜にだってバレない。
ラジカセを手に取り、ボタンを見つめる。
どれが何のボタンなのか、もう古すぎて消えてしまっている。
だけどじいちゃんが説明してた筈だ、確かこの一番左を――。
人差し指でゆっくりボタンを押し込んだ。
カチャリという感覚が指伝いに伝わり、ちょっとテンションが上がる。
が、ただそれだけの事である。
中でカットテープが回り始めたが、入っているのはじいちゃんが昔聞いていたという古臭い演歌だった筈だ。
じいちゃんは懐かし気に聞いていたが、俺達にとっては古めかしくて退屈な、ただの知らない歌である。
何一つ楽しい事なんて無い。
確か停止は一番右側のボタンだった筈。
スッとそちらに手を伸ばしたが、押し込むギリギリのところで指が止まる。
<あー、あー……録音で来てるかなコレ>
思わず一度、バッとドアの方を振り返る。
帰ってきたのかと思ったが、そこには誰の姿も無い。
<まぁカセットは回ってるみたいだし、多分大丈夫なんでしょう>
聞き慣れた声が、そう語る。
聞こえたのはドアの方じゃない。
改めて、手元のラジカセへと視線を戻す。
例のラジカセの中から――茜の声が聞こえてきている。
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