第3話
その日の夜、満月が村を照らしていたが、どこからともなく厚い黒い雲がやってきて月を覆い隠してしまった。そして、今までどんなに雨乞いをしても決して降ることがなかった雨が、ぽつりぽつりと降り始め、やがて本降りになる。
「雨だ! 恵みの雨だ!」
「やったー! 雨だー!」
村人たちは家を飛び出し、体で雨を浴び、歓声をあげる。
そんななか、村長の孫で一太郎の一人娘である千鶴は、部屋の中で静かに雨の音を聞いていた。
「ようやく、雨が降ってくれた。これで少しは、村のみんなの張りつめた空気が和らぐといいんだけど」
「千鶴! 千鶴! 雨が降ったぞ! 恵みの雨が!」
そこへ一太郎が千鶴の部屋に飛び込んできて、喜びをあらわにする。そんな父の様子に、千鶴は苦笑した。
「父様、雨が降っているのは、部屋の中にいても音でわかりますよ」
「なんだ? 千鶴は雨が降って嬉しくねぇのか?」
「嬉しいですよ。でも、定期的に降ってくれなければ、意味がないじゃありませんか」
「なに、大丈夫さ。不思議なことを言う兄ちゃんに頼んだからな」
「頼んだ?」
一太郎の言うことがわからず、千鶴は首をかしげた。
「昼間、仕事をしてるときにやってきた旅の兄ちゃんでな。『私なら雨を降らせられる』みてぇなことを言ってきてな。定期的に雨を降らしてくれるよう、頼んだんだよ」
「……そのとき、なにかほかに約束のようなものをしませんでしたか?」
「うーん、なんだったかな。言われたような気もするが、忘れちまったな! それより、雨が降ってくれたことのが嬉しいさ!」
一太郎はそれだけ言うと、部屋を出て行った。
一人残された千鶴は、雨粒で濡れる窓に近づき、村で祀られている社がある森のほうへ視線を向けた。
「……まさかね」
千鶴の頭には、ある人物の顔が思い浮かんだ。でも、それが事実かどうかは確かめようがないので、千鶴は考えることをやめて、就寝の準備をするため、窓から離れた。
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