第8話 (僕+私)の急接近とS
「出雲さん、失礼。遅くなりました。」
「いえ、最近の男子もお風呂が長い事くらい承知の上よ。」
「はははっ、ご理解ありがとうございます。」
雅は風呂から上がり、部屋着とスリッパで部屋に戻ってきた。
いつもの冷たい口調で喋りつつも布団の上でぐったりと寝っ転がっているのが京だ。
そのギャップについ雅も笑ってしまうが、長風呂を許してくれた京にそのまま感謝を述べる。
その反応に京はムスッとした顔になる。そして雅にあることを提案する。
「それよ。」
「?」
「私達、そういうのやめないかしら。」
「?」
京の突然の謎の提案に雅は困る。しかし雅に何も言わせぬまま京は話を続ける。
「私はあなたとは友達だと思っているわ。だから...その...苗字呼びに、さん付けに、敬語も...やめないかしら...っていう提案をあなたにしてるのよ...」
「!?」
雅は京の発言に大きく驚いた。
『なに!?出雲さんの方から距離を狭めてくるだと!?これは僕嫌われてないのでは!?チャンスだ。これは攻め時だ!』
雅は驚くと同時にチャンスだと思った。そして雅も勇気を振り絞ってその意見に乗っかり、タメ口で京に話すよう意識する。
「わかったよ京。これでいいかい?」
雅は確認するように微笑んで京に話しかける。
「うん!!」『キャーッ!演技じゃない雅君に京って!!京って呼ばれたーーー!!』
タメ口で話され、京と呼ばれることに京は大興奮する。そして満足気な顔で頷いて布団からムクっと起き上がる。
「おぉ、」『出雲さ...いや、京は本当はこんな人だったのか!?』
京の急な変わり様に雅が驚く。
ついさっきまで冷血な姫みたいな喋り方だったのにいきなり甘えたがりの姫みたいになったからだ。
ツンツンしていた人の封印が解けてデレデレし始まる瞬間が気持ちいと思わない男子もなかなかいないことだろう。
まあ別に京はツンを他人に配慮してわざと作っていたので、ツンデレという訳では無いのだが。
実際雅はこの以前の京とギャップのある元気な返事に『うはぁ〜可愛すぎかよ...』と心の中で京を拝み始めた。
前も言ったが、そもそも京はこういう性格なのだ。人に甘えたくなる様な可愛らしいタイプなのだ。
ただ初めて会った人と会話する時、緊張してあの冷淡な喋り方になってしまうので、相手から見た自分の性格のギャップに困惑させないよう後も冷たい態度を取っているだけなのだ。
この偽りの自分を見せるという行為は京からすれば苦そのものであった。
今回雅に自分の内をさらけ出したのは、雅が自分の大好きな人だからという理由ばかりでなく、『私が素の自分を見せたんだから、あなたも見せてくれるよね?』という期待を込めての事だった。
「はぁ〜疲れたわ...この気を使ったような態度を人にするの本当に疲れるのよね〜」
京は再びボフッと布団にうつ伏せになってあえて本音を漏らす。
枕に顔を埋めて「ぁぁぁあああああ」と声を出す。
以前の京からすれば考えられない行為だ。その雅のアットホームな行動に雅は
『うわっ...可愛すぎかよ...』
と心の中で惚気けるが、京の言葉に日常会話のように気楽に乗っかる。
「なるほどね。でも言うて僕は性格自体は変えてないからなぁ〜。本当に喋り方くらいかな。」
「へぇ〜」
雅の返答に緩い声で返事をする。
『まあ、嘘偽りは無さそうね。あ〜スッキリした。』
と京は心の中でかなりの開放感を得ていた。すると今度は雅から話しかけてくる。
「質問だけど、伊勢さんにも冷たい口調なのはなんでだ?」
確かに不思議である。京は楓に対して硬い言葉で接する。友達には本性晒すというのに、雅に本性を晒して楓に本性を晒さないというのは変な話だ。
「いいえ、別に二人の時は普通に話すわよ?」
「じゃあなんで学校では固いの?」
「...学校で素を出すとうるさくなっちゃう...から...」
「へぇ〜、これから学校では僕はどうするべきなんだ?」
「今のままでいいわよ。楓にもそう言っておく。」
「へぇ〜」
「えぇ...これからは...素で...いくわ...」
京は段々と恥ずかしくなってきてしまったのか、枕に自分の顔を埋めて行く。
雅は京にこれからこの性格でいいと言われてニヤーとした悪い笑みになる。
「じゃあ遊園地の時に、〈勿論じゃない!当たり前よ!〉って言ったのも素だったって事かぁ〜」
雅は煽るようにして、京に納得したようなセリフで過去を掘り返す。その言葉に枕に沈んでいた京がムクっと起き上がり、顔を真っ赤にして反抗する。
「ちょっ!?なんでそれを覚えてるのよ!!」
「なんでってまだ二週間くらいしかたってないじゃないか〜」
「なっ!?忘れなさい!!」
「えぇ〜どうしよっかなぁ〜」
「くぅ〜...あなた、観覧車の時も一瞬思ったけど、いい性格してるわね...」
「そりゃどーも、京さんに『いい性格』だなんて言ってもらえるなんて光栄だなあ〜」
「キィーッ!馬鹿にしなーい!」
傍から見ればただの仲がいいカップルだ。この高嶺の花同士の二人の距離は明らかにこの時を持って限りなく近づいたのであった。
今回の親睦旅行は完全に京の勝ちであった。
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読んでくださりありがとうございます。
もしこの作品を気に入ってくださったら、次回も是非よろしくお願い致します。
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