とっておきの遊び。そして地獄を見る

 ここはレシの国。最近鎖国を解き、他国との交流を始めた国。その国の軍事系幹部のソーリドは、退屈していた。

 最近は経済の話が多く、軍部が動くことは少ない。もちろん他国の脅威は抜かりなく調べ、対策は立てている。だが、実戦がない。

 ソーリドはゲームが好きだ。戦略を立てて実行する。多少の犠牲を払っても、ゲームに勝つためなら大概のことはする。その非情さも今は王となったアウトリタに重宝される要因だ。それが今回仇となる。

 ところでソーリドには嫌いな人間がいた。

「おはよう、皆!」

 はつらつとした笑顔によく通る声。勇者、リベルタだ。彼が現れるだけで、場の雰囲気が変わる。兵の士気さえ上がってしまうのだ。

 だが、ソーリドは知っている。この男が深い闇を抱えていることに。勇者の名を持ちながら、アウトリタの指示に従い、あらゆることに手を染めてきた。主に暗殺。一時は利害の一致から手を組んだが、結局は利用されるだけに終わってしまった。

 リベルタは、彼女を見つけると顔を輝かせる。

「おはよう、ルーチェ!」

「うるさい」

 鮮やかな罵倒で返す美女。最近軍に加わったルーチェだ。彼女は幼い頃、勇者の盾・スクードとして活躍していた。身を隠して英雄であるアリシヤを育てていたが、こうしてまた表舞台に立つこととなった。

 リベルタはどうやらルーチェにご執心らしい。頻繁に声をかけては、罵倒を浴びせかけられている。だが、ルーチェの方もまんざらではないのだろう。口悪くののしりながらも、その表情は柔らかい。

 今まで一点の隙も無かったリベルタ。付け入るならここだ。新しい遊びを見つけ出したソーリドはにやりと笑った。


 ソーリドの行動は早かった。その日のうちに、ルーチェに話しかけ、友好的な関係を築いた。話の内容はアリシヤ。思った通りに釣れた。アリシヤに世話になったというと、ルーチェの顔がほころんだ。それをリベルタが睨んでいたのも、ソーリドの思惑通りである。


   *


「ソーリド」

 一か月ほどしたある日。すれ違いざまのルーチェに呼びかけられ、ソーリドは城の廊下で立ち止まる。

「武器庫の件について話したい。付いてきてもらえるか?」

「喜んで」

 ソーリドはにっこり笑った。アリシヤの話をして以来、ルーチェと軍備の話もするようになった。アリシヤと逃げるため各地を旅してきたルーチェ。どことなしに始まった会話だったが、ソーリドはそれが有益な情報だと気づく。

「まさか、国から逃げるための旅の話が国に使われるとは」

 ルーチェの苦笑に、ソーリドは笑って返す。

「レシは小さい島国とは言えども、国中を回るのは骨が折れます。現地に行った人の話はとてもためになるのです」

「なるほどな。じゃあ、あいつ……リベルタも使えるんじゃないか?」

「あいにく、あの人は私のことが大嫌いなようで、情報をくれないんです」

 そういうと、ルーチェが目を見開く。

「どうされました?」

「お前ら仲悪いのか?」

「ええ、一方的に嫌われていますね」

 そうはいったものの、ソーリドもリベルタのことが嫌いだ。根っからの明るさを演じ、勇者を務めるのを傍目から見ていると、当然気味が悪い。時々見せる闇の深さも、ただ暗いだけならいいものの、泥沼のような粘着質な暗さだ。裏仕事をリベルタと共にこなすことが多かったソーリドはリベルタの闇の部分を人より多く見ている。

 ルーチェが首をひねった。

「あいつは、お前の事、嫌いじゃないと思うぞ」

「は?」

 ルーチェの言葉に思わず声が漏れる。ルーチェはかまわず続ける。

「あいつ、仲いい人間いたんだって安心したけど違うのか」

「ま、まさかご冗談を」

 顔が引きつった。ルーチェは「そうか」と疑問そうに言うと、また首をひねった。


 武器庫で、ルーチェと武器の確認を行う。ルーチェが以前住んでいたというセストから取り寄せた武器だ。

「クセは強いが慣れたら、使い勝手がいい」

 ソーリドは、鍔のない剣をまじまじと見る。見たことのない形状に感嘆の息を漏らす。

「これは面白い」

「なかなか使えるぞ。一般兵に使い方を教えようと思っていたが、お前も使うんだったら教えてやる」

 そうやって振り返って見せた笑顔。涼し気な表情がほころんだ。なかなかに美人だ。加えて、大英雄アリシヤの育て親。本人自身もスクードである。文句なしだ。ソーリドは壁際のルーチェに一歩近づく。

「ぜひ、教えてください」

「ああ」

「剣の使い方だけじゃなく、あなたのことも」

 優しく言葉を紡ぐ。ルーチェは牢屋でリベルタに襲われかけたらしい。あの男らしいと言えばそうだが、まあ、それを利用させてもらおう。怪訝そうな顔をしているルーチェに真剣なまなざしを向ける。

「ルーチェさん、あの人はやめた方がいい」

「ん? リベルタか?」

「そうです。私は立場上あの人を近くから見てきました。あの人は恐ろしいことを平気でする人だ」

「ああ、そうだな」

 さも当たり前というように、ルーチェは頷いた。まあ彼女ならそういうだろう。ソーリドはそのまま続ける。

「私に、あの男からあなたとあなたの大切な人を守らせてください」

「私の大切な……?」

「アリシヤさんです」

 そういうと、ルーチェは目を見開いた。リベルタに付け入るならルーチェ、ルーチェに付け入るならアリシヤである。

「あの男は、アリシヤさんを軍部に引き込もうとしています」

 これは事実。リベルタはアリシヤにいつも声をかけている。

「私はそんなことはさせません」

 これは嘘。ソーリドだって大英雄の駒は欲しい。

「ルーチェさん。私にあなたを守る権利をいただけませんか?」

 ルーチェは少し考えこんだ。意外な反応だ。そして、これはいい反応だ。ソーリドはルーチェがこの場で手を取るなんて考えてはいなかった。では、なぜこんな小芝居をしたのか。そう、この武器庫は音がよく響く。つまり、外の訓練所によく聞こえる。たぶん外に声が聞こえている。兵の間で噂になれば、あの男の耳にも入るだろう。

 そう、ただの純粋な嫌がらせだ。

 ありえないとは思うがもし、ルーチェが手を取ってくれてもそれはそれでいい。駒として申し分ないし、口は悪いがスタイルの良い美人だ。アリである。

 ルーチェは眉間にしわを寄せて、ソーリドを見る。

「お前が私に手を出す理由が全く浮かばない」

「へ?」

「お前は利己的な人間だと思っている。だからこそ、ある意味信用できる。だが、さっきの発言は、お前に利益をもたらさないだろ。まさか私が手を取るなんてお前思ってないだろうし」

 ルーチェの言葉にソーリドは吹きだした。

「何がおかしい」

「はは、その通りです」

 利己的だから信用できる。それはソーリドにとって最高の誉め言葉でもあった。見た目、立場、両方申し分ない。だが、ルーチェはここ一か月でソーリドの本質をつかんでいるようだった。もう一度ルーチェを見つめる。

「ルーチェさん、思ったより面白いですね」

「は?」

 スクードという名を持った強いだけの駒とみなしていたが少し認識が変わった。

「これは本気で取りに行った方がいいかな?」

 小さく呟いた時、扉に人影が見えた。ソーリドはそれを確認すると、ルーチェの前髪をはらい、その額にキスをした。ルーチェがあっけに取られている。それをソーリドは笑って見やる。

「ははっ、ルーチェさん。また遊んでください」

 そういって、ひらりと手を振って、武器庫を出た。そして、武器庫の前にいた人物を嘲る。

「おや、勇者様。逢引を覗くなんて野暮ですねぇ」

「まあな」

 リベルタは苦笑した。もっと、怒りをあらわにすると思っていたのに意外だ。そして不服だ。リベルタが言う。

「ソーリド、アウトリタから収集がかかってる。中央棟の奥の間だ」

 ソーリドは襟を正す。中央棟の奥の間と言えば、一般兵が入ることのできない軍事関連の重要な会議の場だ。

「そういうことなら先に言ってくださいよ」

「逢引の邪魔、されたくなかったんだろ?」

 そう言ったリベルタの目は笑っていない。怒ってはいるが、重要任務の前では私情は隠すと言うことか。「勇者」を演じ続けるこの人らしい判断だ。

「お待たせしました。向かいましょう」

 ソーリドはため息をついてリベルタの後ろに続いた。


   *   


 リベルタが扉前で止まった。

「さて、ソーリド」

 その歪んだ笑みを見て気づく。扉の中は暗い。誰もいない。会議ではない。

 では、リベルタはなぜソーリドをここに呼び出したか。

「お前、最近ルーチェと仲いいみたいだな?」

 思いっきり私情だ。

 ソーリドは面白くなってリベルタを鼻で笑う。

「ええ、そうですね。ルーチェさんと仲良くさせて―」

 その瞬間、視界が回った。

「え」

 声を上げた時には背中から地面に叩きつけられていた。見上げると歪んだ笑みを浮かべたリベルタ。

「まあ、お前の性格だったらルーチェに近づくのは俺への嫌がらせだろうなぁ、とは思ってたんだ。だけど、手まで出すとはなぁ」

 リベルタが足を上げた。ソーリドはすかさず、受け身を取る。このままだと、腹を踏みつけられ、内臓が危ない。だが、リベルタはその足を、寸前で止めた。

「さすがに踏まねぇよ……。今は、な」

 そう言ってリベルタはソーリドに手を差し伸べた。

「馬鹿なことすると早死にするぞ?」

「……ご忠告ありがとうございます」

 ソーリドは苦笑して差し出された手を取り、立ち上がる。服に付いた埃を払いながら、リベルタを伺う。

「なんだ?」

「いや、その」

 ソーリドは少し考えたが、至極真っ当な意見を言う。

「私をけん制するより、さっさとルーチェさんモノにした方が早いんじゃないですか?」

「……」

「……」

「……それができたら、苦労はしてない」

 ぼそりと言った。後ろを向いたリベルタの耳は赤い。ソーリドは吹きだした。リベルタが、バッと振り返る。

「なんだよ」

「いえいえ。いやー、あなたも人間だったんですね」

「どういった意味だ」

「そのままの意味ですよ」

 暗い闇を抱えたリベルタ。死神かと思ったこともあった。だが、ルーチェの前ではただの人間。

 これからもからかっていこう。ソーリドは内心ほくそ笑む。

 リベルタは舌打ちすると、何か思い出したようにソーリドを振り返った。

「そういえば、お前、剣は強いが体術は弱かったよな」

「ええ、まあ」

 突然の問いにソーリドはあたりさわりのない答えを返す。

 どちらかと言えば頭脳派のソーリド。鍛えてはいるものの殴り合いが出来るかと言われれば答えられない。

 リベルタがふっと笑う。なんだか嫌な予感がする。

「よし、訓練場に戻るぞ」

「はぁ」

「今日は午後から体術の訓練だ」

 リベルタの蒼い目が暗い色を帯び、弧を描いた。

 ソーリドは、地面を蹴り、走り出した。

 これは不味い。絶対、殺される。訓練にかこつけて殺すつもりだ。

 リベルタからの逃走を図り、彼の横を通り過ぎようとしたソーリドであったが、リベルタはそれを許さない。ソーリドは首根っこを掴まれる。

 後ろに引っ張られたソーリドは、自身の服の襟に首を絞められ、ぐぇっと無様な声を漏らす。背後に、嫌な殺気が漂う。

「ソーリド、俺が直々に訓練付けてやる。覚悟しとけよ?」

 リベルタのにやついた声が聞こえた。

 

 うまく利用された。腹が立っていた。だが、この男は絶対に関わってはいけないものだったのだ。

 今更ながらにソーリドは理解した。


 その日の午後の訓練。ソーリドは地獄を見る。


***


ソーリド(solido)…イタリア語で『固体』。名付けに深い意味はない。響きがよかったのだ。

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