死に戻りテストパイロット

葉山 宗次郎

第一話 五試特殊爆撃機

プロローグ

光文五年四月二日 昼 敷島皇国築浜海軍飛行場


 機体を十分に加速させると勝士は操縦桿を引いて機首を上げ、地上を離れさせた。

 上昇に伴う軽いGが加わるが、離陸する実感が湧くので好きだ。

 そして目の前に広がるのは前と全く同じ高く広い空だった。

 抜けるような青い色も、くっきり見える水平線も、白く大きな入道雲が幾つも浮かんでいるのも同じだ。

 他に航空機はおらず、勝士が操る敷島皇国海軍、滋野五試特殊爆撃機のみが飛び、空を、世界を独り占めにしているような気分になる。

 水平飛行だけなら滋野五試特殊爆撃機は安定性が良く、操縦桿の反応も良く扱いやすい機体だ。

 下には先ほど飛び立ったばかりの築浜飛行場が見える。

 一キロ四方の滑走場の周りに付属施設が建ち並ぶ大きな設備だが、五〇〇〇メートル上空では小さく見える。

 多くの機体を収容する格納庫などの巨大建築物などマッチ箱だ。

 エンジンは快調だ。

 滋野飛行機製空冷九気筒エンジン<祝>は軽快なリズムを奏でながら回り、快調そのものだ。

 だから、前と同様、飛行を続けなければならない。

 故障して飛行中止、即座に緊急着陸することはない。

 機体整備に関しては整備員の腕が良いため、これまで故障など起きていない。

 ならば次の予定に進む必要があるが、結果が、それも最悪の結果になることを知っていたら実行に移すのは躊躇われる。

 次に予定されている飛行を勝士が躊躇っていると、下から発光信号が点灯した。

 飛行機に搭載出来る高性能な通信機がないため、今のところ飛行中の機体への連絡は発光信号しかない。


「早く開始しろ馬鹿、か」


 信号を読み取ったパイロットは顔をしかめた。

 いくら幼馴染みとはいえ、海軍のパイロットに職務中使う言葉ではなかった。


「言われなくても分かっているよ」


 発信者の性格を考えると、このような言葉遣いは仕方ない。

 だが、パイロットは躊躇した。

 この後の結末が分かっているからだ。

 前回も、前々回も同じ結果になったのだ。


「でも、命令なんだよな」


 しかし、飛行計画通りに行動するよう命令が下っており、任官して間もない海軍少尉でしかない勝士は実行しなければならないのだ。

 結果が分かっていても。

 ただパイロットである勝士にしか結果は分かっていなかった。

 何度も失敗している勝士に対して、周りは全て成功していると思っており、今回も成功すると確信していた。

 離陸するときの見送りを思い出しても、皆成功すると思っている。

 実際、下を見ても五〇〇〇メートル上空でも、成功を見ようと勝士を見ているのが分かってしまう。


「人気者は辛いな」


 勝士は溜息を吐くと共に、心の中から恐怖を吐き出し心を静める。


「じゃあ、行きますか」


 勝士は覚悟を決めると、もう一度左下方を見た。

 築浜飛行場が面する築浜湾の中央にある赤いブイ――目標を視力の良い勝士の目が捉える。

 そして、目標の位置と、主翼の位置を見定め、降下角度を決めると操縦桿を左前へ押し倒し、五試特殊爆撃機を降下させた。

 降下に伴う軽い浮遊感を感じつつ勝士は機体を操り、目標へ向かう。

 目標を正面に捉え旋回を止めるが、降下は続け、目標に向けて機体を操る。

 速度計が上がって行く。

 スロットを緩めるが、降下しているため速度が上がる。

 側面のガラス窓に貼ったメモリから降下角度を確認する。

 角度計は試作中で故障が多く使い物にならないため、ガラス窓に貼ったメモリから読み取る原始的な方法が確実だ。

 目視による誤差など、計器の故障に比べれば実に実用性が高い。

 降下角度は二〇度から三〇度。

 勝士は操縦桿を前後に動かし、舵の効き具合を確認する。

 前後に動く操縦桿に合わせて機首は小刻みに反応し上下に動くので問題なし。

 降下をはじめて暫く経ち高度は四〇〇〇を下回る。

 機体速度はエンジンを絞っているにも関わらず水平飛行での最高速度三〇〇キロを越えた。

 今のところ機体に異常はない。

 だが地上で再び発光信号が灯った。


 もっと深い角度にしろ


「だよねえ」


 前回も同じ信号を送ってきたので簡単に読み取れる。


「仕方ない」


 パイロット、勝士は操縦桿を更に押し下げ、機首を下げ、機体の降下角度を増した。

 降下角度は三五、四〇と徐々に増していく。

 そして四五度を超えたところで、勝士は操縦桿を引く。

 降下速度が三五〇キロを越え、操縦桿が重くなり腕に力を入れて苦労して自分に引き寄せる。だが機体は更に機首を下げ、降下角度を増していった。


「またか!」


 前回、前々回と同様の反応だった。

 降下角度が四五度を超えると操縦桿を引けば機首が上がるはずなのに、逆に下がってしまい降下角度を増して行く。

 渾身の力を込めて操縦桿を引き寄せようとするが、速度が増しているため強い気流を受ける昇降舵が重く中々引けない。

 しかも降下角度が増すと共に、浮遊感は強くなり、身体が浮き上がらないように踏ん張るだけでも一苦労で、中々操縦桿に力を入れられない。

 苦労して引いても、降下角度は増して行くだけだった。

 降下角度は五〇度を超え、六〇度、七〇度と垂直に近くなっていく。

 降下速度も四〇〇キロを越え、五試特殊爆撃機は真っ逆さまに落ちていく。

 高度は既に二〇〇〇を切り、一〇〇〇もあっという間に過ぎた。

 それでも機体を引き起こせない。


「畜生」


 勝士は覚悟を決め、機体の状況を確認する。

 降下角度、機体速度、降下率、操縦性、機体の振動。

 テストパイロットとして、機体の状態を全て記憶する。

 そして一瞬、陸上の発光信号機の隣。驚いて此方を見る少女、幼馴染みを見送り、正面に目を向ける。

 勝士の目の前が青に、海の色に染まる中、機体は海に突入、墜落していった。

 直ちに築浜飛行場に所属するカッターが出され、墜落地点へ向かった。

 だが、高空からパワーダイブした機体は損傷が激しく、パイロット、三木勝士皇国海軍少尉は収容出来なかった。

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