最終試合:猛攻

 僕は相手の姿を見た。視点を一点に定めず、足先から頭の先まで全体像を把握。

 僅かな筋肉の動き、予備動作、視線の位置、相手のすべての情報を駆使して予測を立てる。

 思考回路が焼ききれそうな程、高速で情報を処理していく。それでいてボディは根が生えたような棒立ちでいてはならない。常に警戒し、じりじりと軽くフットワークをして足を温めておく。


 相手が動いた。

 再び距離を詰めようとし、手を伸ばす。

 僕はボディをつかまれないように、剣のガードと刀身で相手を押そうとした。右腕に力を込める。


 瞬間、ひらめくように相手の真意に気付く。

 意識する前に手が反応した。手首を上に、首に引き付けるように移動させる。

 さっきまで僕の手があった場所で、相手の掌が空を切った。すかさず手首を振るようにして、肩口に向かって剣を振り込むが、体を翻して避けられた。

 剣を振る前に、手を取られて押さえられてしまえば、剣闘士はほぼ闘う術が無くなってしまう。

 危険な状況だったが、本能的に手を狙う攻撃を察知することで事なきを得た。


 双方の距離が近すぎると、長い剣では攻撃しづらくなるのは必然。

 今の間合いは徒手の間合いのさらに内側。身体同士が接触しそうなほどの超近距離。

 螺鈿の剣の長さでは、いかにも刺しづらい距離だ。相手もそう思っているだろう。この距離では狙えないと、そう踏んでいる。

 そうでなければ、いくら攻撃を恐れていないとはいえ、こんな風に距離を詰めて来られない。


 だが、どんな距離でも狙ったところを外さないのが、フェンシング型の矜持だ。

 僕は大きく後ろに腕を引く。

 剣先を上に向け、真下から相手の顎を狙う。相手はのけぞって避ける。距離が空いた。僕は畳み掛けるように、連続攻撃を仕掛ける。相手の反応が追い付かないほどの早業で行け。

 前へ、前へ。前へ進め、手を伸ばせ。剣先を。身体に刺して刺して、破壊する。何もかも、全てを壊せ。

 指先の繊細な動作が、剣の先まで伝わってしなやかに伸びていく。

 右胸、左下腹、左胸、右肩、左上腕、左肩、何度も、何度も。


 ああ、何と何と。何と楽しい。

 相手のボディに、ハチの巣のように剣先の小さな穴が幾つも幾つも空いていく。

 僕が剣先を通して広がっていく。相手の身体の奥深くにまでも、その先もどこまでも、僕は何処までも行ける。

 まるで、剣が僕の指先になったようだった。

 今まで同胞、武器だと思っていた剣も、僕の身体の一部だったのか。いや、そもそも、こうしてものを考える僕も、動いている腕も足も、何もかもすべて、螺鈿という機械を構成する歯車の一つでしかないのだから、当然のことなのか。


 僕にそれを教えてくれたのは誰だったか。

 ふと頭の片隅で、記憶が再生される。

 惨めに敗けた僕に、大切なことを教えてくれた……

 駄目だ、何故今思い出す。試合に集中しなければならない。それを考えてはいけない。

 今目の前にいる相手を見なければならない。闘っている相手は誰だ。


 伽藍と瓜二つのボディを見つめる。

 これは、伽藍では無い。それはよく分かっている。

 では、伽藍。君は、何処にいるんだ。

 君の記憶を見たって、僕は僕のままだ。

 君に何も話せない。もう何も聞けない。

 僕は、伽藍にはなれない。



 意識が逸れたのはほんの一瞬のことだった。その間も僕は攻撃を続けていて、相手にじりじりとダメージを与え続けていたはずだった。

 しかし、丁度何発目か分からない刺突の一つ。相手に剣先が刺さったその時。

 相手の胴体に剣がめり込む瞬間は、剣先を動かせない。ある意味で相手の身体に固定されている状態。


 相手が拳を突き上げた。


 避けられない。僕は左腕で顔面をガードする構えを取る。だが相手の狙いは別だった。刀身に強い力がぶつかる。

 まさか、剣に直接アッパーを当ててくるとは! 

 しかし、剣同士の激しい打ち合いでも故障しないように、剣はボディ以上に柔軟に、そして頑丈に制作されている。

 いくら徒手闘士とはいえ、拳で剣を破壊することは不可能だ。相手はどうしてこんなことを?

 間髪入れず、腕に電撃が走った。

 刀身から剣を握る指に、そして右腕全体、右肩まで急速に痺れが広がる。何というパワーだ。剣を取り落とさないようにするだけで精一杯。力が入らない。

 剣と腕全体が、上に大きくはじかれた。

 相手のボディに、縦に一直線の裂傷が入る。赤いユニフォームと肌色の皮膚が破れ、銀色が輝く。精密な金属部分のさらに下には、赤色の配線やモーターが僅かに露出している。

 剣先が相手の身体を外れたその瞬間、左手のフックが僕の腹を直撃した。

 さらに続いて相手の猛攻撃、ストレート、フック、ストレート、ストレート、両手から次々に攻撃が繰り出される。

 片腕の攻撃がメインの剣闘士が、両手から繰り出される攻撃の速度に到底追いつけるわけもない。

 螺鈿のボディから金属の破片が幾つも幾つも、音を立てて崩れ落ちていく。何発撃ち込まれたのか、もはや分からない。


 とても強い機械だった。身体も頭脳も、スペックが違いすぎる。

 頑丈さも、俊敏性も、パワーも情報の処理速度も。

 現行機の中では、きっと1位2位を争う優秀な機械になるだろう。今まで闘ったどの機械よりも強い。

 言うまでもなく、僕の知る「伽藍」に一番近い機械だ。

 見た目だって、傷口から覗く中身だって、どれもこんなに似せて作られた。

 多くの人間が、これが伽藍になることを望んでいるということが、よく分かる。


 でも、違う。

 こんなに強いのに、違う。

 金属の破片を落としていたあの日の伽藍。最後にはすべてをまき散らかして、醜く恐ろしく笑って散っていった伽藍。


 この機械も伽藍にはなれない。

 そして僕も。

 誰も、伽藍にはなれない。

 伽藍は、もうどこにもいないのだ。

 闘えば闘うほど、そのことがよく分かる。


 記憶と思考の濁流が溢れそうになるのを必死に抑える。思考の奥に追いやって、忘れようと心掛ける。

 今は試合だ。余計なことを考えるな。

 寂しいだの。虚しいだの。

 現状大切なことは、この機械が伽藍では無いということ。それだけだ。


 伽藍では無いと僕には分かった。

 それでは、僕は何をすべきだ?

 証明する。そうだ、僕はそのためにここに立ったのだ。

 これが伽藍で無いのだと、証明しなければならない。

 衝撃でぼんやり霞がかった意識が、急速に色を取り戻す。

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