最終試合:新・伽藍
とにかく学んで、身体に覚えさせて、考え続ける。
そうして、本番を迎えれば、あとはもう闘うだけだ。
今までの時間の流れが信じられないほど、僕の身体は物凄い速さで試合の日程に向かっていった。
整備員も社員も、試合の前は僕に何かと声を掛ける。
応援している。頑張って。試合見に行くよ。
今まで特に気にしていなかったが、いつもよりもその回数が多いような気がする。
僕は、今回の試合の設定の為に、門沢を始めとする多くの人間が、方々へ掛け合って駆けずり回ってくれたことを知っていた。
何故そこまでするのだろうと思う。
人間はいつでも無数に理想や夢を抱いていて、持ちうる時間はそれを叶える為には到底足りない。それなのにどうして、試合の為に尽力するのか。
人間を見て、伽藍のことを考えて、ふと気づいた。
試合に全てを懸けるのは、機械闘士だけではない。形は違えど、本気で試合に焦がれる思いは、人間の中にもあるのかもしれない。
伽藍が聞いたら鼻で笑いそうなことだったが、伽藍のおかげでまた気づかされた。
きっと伽藍にとっても、勝ち続けることは自分自身だけでなく、これらの人間に対しても誠実であることだったのではないか。
人間たちもどこかで、伽藍のそういう思いを感じ取っていたのかもしれない。だから、「伽藍」を再生させることが、本当に正しいことなのか悩んでいた。
これまで、僕がこれらの人間に対してできることといえば、試合に勝つことだけだった。
それは今も変わらない。
しかし、今、人間が僕に託したのは、勝利への思いだけではないと分かっている。
そして、伽藍が僕に託してくれたものも。
たった一つのUSBメモリは小さくて軽いのに、今まで持った中で一番重いもののように思われた。
僕がすべきなのは、新しい「伽藍」と闘い、それが本当にあの「伽藍」なのか、確かめることだ。
そして、本当の伽藍でないなら、ここで葬らなければならない。
いつものように、目が眩みそうなほどの眩しい光で照らすライトはここにはない。
耳鳴りがしそうなほどの大きな歓声も罵声も聞こえない。
ここにあるのは、精一杯叩いてもなお小さな拍手と、肉眼で表情が確認できるほどの数の人間の顔、顔、顔。
小さな体育館。観客は企業の関係者がほとんどだ。
螺鈿が制作されてすぐの試合でも、もう少し大きな規模だったように思える。
こんな小さな会場に伽藍がいるなんて、想像しただけで笑いがこみ上げるような心地がする。
プライドの高いあの伽藍であれば、こんな小さな試合は引き受けないはずだ。
あの伽藍に、意に沿わないことを説得してさせるのは至難の業だ。人間たちは随分嫌味を言われたことだろう。
螺鈿との試合が了承されたことで、僕は、新しい伽藍は以前とは違って、人間が御しやすい性格に変更されている可能性があるのではないかと推測していた。
しかし、門沢は確かこう言っていた。
「私は思うんだ。以前の伽藍だって、もし君が試合をしたいと言ったら、文句を言いながらも引き受けたんじゃないかって。君が自分を壊しに来ることを、嬉しく思ったんじゃないかって」
伽藍が本当にそう思うかどうかは、もはや分からない。
それでも、未熟者が偉そうな口を利いていると笑い飛ばして、返り討ちにしてやろうと思うことくらいは、あったかもしれない。
体育館の中央に用意された正方形のリングは、公式の試合でも使われる本物だ。
そこに立てば、試合会場の規模も観客の数も関係ない。
抱いた思いも使命も責任も、全てが思考の片隅の影に追いやられる。普段の試合と何も変わらない、闘いが始まるだけ。
時間を置かず、試合の相手もリングに入った。
人間たちが息を呑むのを肌で感じる。
あれが、新しい伽藍。
容姿や体格は、完璧に以前の伽藍を再現しているようだ。
だが、それだけだ。僕は何ら動揺することもなかった。
機械なのだから、容姿の再現はいくらでも可能である。機械闘士の間では、人間ほどには容姿を重要視しない。
伽藍が伽藍であるか。それを知るためには、やはり闘わなければ何も始まらないのだ。
試合開始のゴングが鳴る。
その瞬間、僕は目を見張った。
たった一歩、一歩前に出た。
それだけだ。しかし、それだけで分かった。
徒手闘士と剣闘士の試合。
徒手闘士の側には、刺される恐怖が必ずある。しかし、相手の踏み込みには一切の躊躇が無かった。
攻めてくる。意思が一瞬で伝わった。
最初の一撃で倒すつもりだ。様子見など有り得ない。
僕は咄嗟に後ろに跳んだ。直感的に、退避に必要と予想される間合いよりも、さらにもう一歩後ろへ。
案の定、当初予想した位置を過ぎたところまで、伽藍の拳が届いていた。身長から予想される一般的なリーチを超える攻撃範囲。
素晴らしい。
何と素早く、大胆な攻撃だろう。
フェイントもコンビネーションも一切無い、ただ一本、左手の正面突き。
剣をまったく恐れず、それでいて腕の一本ですら、攻撃を受けるつもりがまったく無かった。倍のリーチのある僕がカウンターで攻撃したところで、きっと掠りもしなかった。
相手はさらに踏み込み、僕の胴体に向かってタックルするようにぐんと距離を詰めようとする。
まずい、一度でも身体に触れられれば、僕はなすすべも無く組み伏せられるだろう。固め技や寝技はどれだけ僕が学習していても、徒手型には到底敵わない。
しかし、この距離なら、カウンターで首を狙える。下から、いや頭上から剣をしならせて、振り込むようにして首の裏側を刺せる。
刺し違えても、捨て身でも、剣が刺さりさえすれば、たとえ技に持ち込まれても相手の身体を縫い留められる。首を思い切りねじ切ることだってできる。
相手は体格の良さを活かすパワータイプでない上、容姿が重視されているから首が細い。
僕は剣を突き出そうと、手を伸ばしかける。相手の攻撃は、まだ届かないはず。
その瞬間、相手の姿が消えた。
いや、そんなはずはない。視界を外れただけだ。慌てて視線を動かす。
下だ。
まるで突然倒れたように、足元に伏している。相手の動作と自分の動作、すべてがスローモーションのように見える。相手の動作が見える、見えるが動けない。視覚情報の処理速度に、身体がついていかない。頭が地面に着くほどの低い姿勢から、足がぐんと伸び、鞭のように振り上げられる。速い。頭に衝撃が走る。
がんがんと揺れる視界の中、相手の蹴りの威力に任せて、後ろに跳ぶ。
頬の部分がごっそりと削られた。機械部分が露出しているのが分かる。目を壊されなかったのは、幸運としか言いようがない。
ああ、何と素晴らしい蹴りだろうか!
あの伽藍を彷彿とさせる、滑らかで華やかな動作。相手の意表を突いた、思考を停止させる独創的な動き。
機械闘士は所詮、人間によって造られ管理される存在。
でも、試合の一瞬、その一瞬だけは、何者にも囚われない、自由な存在になれる。
僕らは自由だと理解できる。
さっきの一撃は、そういう攻撃だった。
今の攻撃を見た人間は誰しも、伽藍が再生したのだと思うに違いない。
だが、攻撃を受けてみて、分かったこともある。
確かに素晴らしい。負け惜しみというわけではなく、本当に、本当に素晴らしい。並の機械闘士に比べれば、きっと遥かに強い機械だ。
それでも、やはり、僕の知るあの伽藍では無い。
伽藍の試合を、何度も見てきた。伽藍の記憶も、思考さえももらった。
僕には分かるのだ。
これだけ優秀な機械であっても、伽藍には遠く及ばない。
最新の技術を結集し、見た目だけを似せたボディには、伽藍の英知が引き継がれていない。
この機械の動きは、美しすぎる。まるで、お手本の動作を完璧になぞったような攻撃動作だった。
だから、最後の最後で伸びが無い。
伽藍であれば、今の一撃で首を吹き飛ばしていた。最低でも、視界は奪えた。
美しく無駄が無いところは再現できている。
しかし、何かが足りない。最後の一瞬で当てに行けない。狙いに行けない。
何が足りないのか。僕は思考する。
伽藍にしか無かったもの。伽藍の最期。歪にゆがんだあの笑顔。
ああ、僕は理解した。
相手を完璧に破壊する。
そのために、自爆を選ぶほどの、激しい反骨の意志。
伽藍の原動力、強さの根本には、きっとそれがあった。
この機械には、それがない。
では、僕にはあるのか? 分からない。だが、知っている。
僕にも、決して譲れない意志があるということを。
であれば、必ず勝機はある。
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