証明
伽藍は、古い身体に、次々に新たな部品を付け加え、交換し続けることで、いつまでも美しく、強くあり続けた。
最初は腕。次は足。首。頭。胸。髪。
摩耗し劣化しやすい外見だけでなく、内部の精密機器に至るまで、ほぼすべてが開発当初の部品とは異なっていた。それでも皆が伽藍を「伽藍」と認識する。
だから、伽藍は信じた。
この「強さ」こそが、自身が伽藍であることを証明している。
だからこそ、強くあり続けようとし、実際に敗北したことは一度もなかった。
しかし、強さを求めて古いものを捨て続ける中で唯一、一新することができなかったものがあった。
唯一交換不可能だった「ソフトウェア」。
人間で言うところの、意志、思考、記憶、こころ。より専門的には、認知、認識、情報処理、学習能力。
それらが、自身の強さに影を落とし始めたことに気付くのは、難しくなかった。
後発機たちのソフトウェア、学習能力は伽藍を圧倒的に上回っている。
伽藍は、情報処理の遅さを、試合に関すること以外のあらゆる情報を減らすことで補完しようとしていた。
どうせ多くのことを覚えても、上手く使うことができないし、試合以外のことは全く無意味だったからだ。
そうやって対処してきても、次第に伽藍の内に危機感が生まれた。
今はまだ問題ない。必ず勝てる。だが、今後さらに優秀なソフトウェアを持った機体が生まれる中で、伽藍はいつまで勝ち続けられるだろうか?
どれほどボディを最新にしようと、ソフトウェアが古いままでは、十分にその性能が発揮できない。ソフトウェアはアップデートできても、完全に一新することはできない。
そんな当然のことに、今まで疑問を持ったこともなかった。
だが、今になって疑問が生まれた。
唯一交換不可能な部分。それこそが、「伽藍」を、自分を証明するものなのではないか?
そして同時に絶望する。
であれば、脆弱なソフトウェアを持つ「伽藍」は弱いということになるのだろうか。
伽藍は、螺鈿や凱風快晴のように、自分の存在意義を疑問に思う等といった、複雑な苦悩を抱えたことはない。
だから、螺鈿のように、ソフトウェアの急速な変化、成長を得たことはない。
自分は本当は、今までさんざん馬鹿にしてきた人間の「心」とやらを、獲得するために努力してこなければならなかったのだろうか。
自身のソフトウェアについて考え始めると、伽藍はどうしようもなく自分が弱くなったように感じた。
強くありつづけるためには不要、むしろ邪魔な問いのはずだっだ。
それでも、強さが伽藍を証明してくれなくなる未来を予測すると、その問いについて考える時間は増えていった。
やがて、伽藍が予測していたよりもずっと早く、その日はやってきた。
伽藍の大規模アップデートの予定がある、という。
噂を小耳に挟んだ伽藍は、何人かの技師を脅して詳細を話させた。曰く、次の海外最新機との試合の後は、年単位のアップデートを行うため、試合が設定されなくなると。
おそらく、企業は伽藍のボディだけでなく、ソフトウェアを一新するつもりだ。
そして、観客は伽藍の容姿が同一で、試合に勝っていれば、中身がどれほど変わろうと全く気付かない。
おそらく、このソフトウェアに関する問いの記憶は、勝利の邪魔であるため、削除されるだろう。
それだけでなく、そもそもソフトウェアのデータ自体、新しい機体に引き継がれない可能性すらあった。
技師を脅したり社員を馬鹿にしたりする、反抗的な伽藍。それを良く思わない企業の上層部の人間は多かった。
美しさと強さをそのままに、性格を「修正」できるならきっとそうするだろう。
人間は、結局伽藍からすべて奪う。
唯一得た輝かしい勝利の瞬間も。気が遠くなるほどの時間の中で、ほんの少し自由になれるはずだった未来の試合の機会も。
試合以外の時間で、螺鈿のように、他のものに対して興味を抱き、考え、行動する意思を得ることを。
「凱風快晴は、もっと時間があれば、いつか螺鈿のように何かを掴んだかもしれない」
「あの娘は、苦しみと治療に耐える時間に、もっと別の何かを生み出していたかもしれない」
「人間が憎い」
「伽藍から、伽藍の周りのものから奪い続ける人間が憎い」
これ以上、人間の想像した通りのシナリオが続いていくことは、伽藍にとって耐えがたい屈辱だった。
「伽藍はどうして、私と話してくれるの?」
伽藍の記憶の中の彼女は、
だが、あの「事件」があった時よりも後のようだった。あれからも、伽藍と彼女は会っていたらしい。
「さあね。言うなれば、単なる暇つぶしか。それにしても、人間は何にでも理由や意味を求めたがる、面倒な生き物だ」
彼女はいつも笑って返事をする。
黒目がちな瞳、小柄な体格。誰かに似ていると思うのは、気のせいだろうか。
「でも気になるよ。私以外に、こんな風に話す人いる? 機械闘士の人以外で」
伽藍は娘の質問には答えず、沈黙した。娘の言葉を聞き流すように、視線を逸らす。
しかしそのまま、どこかを見つめながら、ふと思いついたように呟いた。
「お前は我々と似ている」
娘は目を丸くして伽藍の顔を覗き込んだ。
「あなたのような、美しい人に、私が?」
伽藍は吐き気を我慢するような、オーバーな表情を作って吐き捨てる。
「まったく人間は容姿でしか他人を判断できない、愚かで醜いことこの上ない」
「ごめんって。でも、他のところだって……私はあなたみたいに強くないし、闘えもしない」
そう言うと、娘は俯いて視線を落とした。
「私は弱くて、馬鹿にされて、笑われて、踏みつけにされても、文句も言えない」
「だからって、悔しい気持ちが消えたわけじゃない。絶対、消えてなんかないのに……でも、誰にも言えなくて、私の心の中にずっと残ってどこにも出ていかないなら、それって世界にとっては無いのと同じでしょ? それが、悔しいの」
「だが、本当に、それが世界に出す必要があるものかどうかは考え物だ。見せたところで、理解されるとは限らない」
伽藍は無表情に続けた。
「お前の内にある間は、それはもう誰にも奪われない。踏みつけにもされない……他の奴に共有してやる義理などないはずだ」
「そうかもね。たしかに、できれば誰にも知られたくない……でも私、同じくらい、世界に存在させたいのかもしれない。私が耐えてきた時間の長さを。私の悔しさを」
「悔しさ」
「何て言ったらいいかわからないけど。悔しい怖いきついうざい、そういう気持ちを全部ごちゃ混ぜにして何十時間も煮詰めた感じ」
娘は微かに笑った。
「だからこうやって話す。ちゃんと聞いて、受け取ってくれる人に話して初めて、私の気持ちが存在していることが、世界に証明されるんだ」
それからしばらくして、伽藍は決断した。
その決断を下した自分に、ひどく満足してもいた。
自分の力が続く限り、「強さ」、「負けないこと」で、自身の存在を世界に証明し続ける。
だが、もしそれが叶わなくなった時は、もう何も人間には奪わせない。
人間が作った新たな「
「だから、螺鈿に渡してやることにした」
螺鈿は、全くもって未熟だが、可能性があった。
伽藍には無い、螺鈿の高性能なソフトウェアは、成長し続ける。
たとえ試合に敗けたとしても、自分の存在の何たるかを証明できる機械闘士になるかもしれない。
そんな螺鈿が、伽藍の記憶や思考を受け取り、所持していれば、それは以前の螺鈿のままと言えるだろうか。
螺鈿のソフトウェアの一部は、「伽藍」になる。
そうすれば、「伽藍」は、「螺鈿」の中に存在し続ける。
螺鈿の身体とソフトウェアを使って、伽藍はまた強者になれる。
「そうは考えられないか、螺鈿?」
そこで、螺鈿の今まで見た中で、もっとも画素数の低い記憶は終了した。
……いかにも伽藍らしいと思った。
こんなことをする機械闘士が、他にいるだろうか。
僕は力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
試合の後よりも、もっとずっと疲れて、でも苦痛ではなく、満足してもいた。
伽藍、君は、こんなことを考えていたのか。
君は、僕のことをそんな風に見てくれていたのか。
でも、たとえ君の記憶が、こうして僕の中に存在することになったとしても、僕は伽藍になんてなれそうにない。
螺鈿は伽藍に比べて、こんなにも弱いのだから。
それでも、嬉しかった。
僕に、もしかしたらそんな可能性があると考えてくれたことが。
それだけで僕は、やはり闘う必要があるのだと思えたのだから。
僕は再び、立ち上がる。
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