これが
伽藍は強かった。しかし、相手も強かった。
相手は伽藍の戦法をよく知っていて、伽藍は相手の情報をほとんど持っていなかった。相手は非常に新しい機械で、最新鋭のスペックを持っていたからだ。
世界最高レベルの反応速度、信じられないほどの身体の頑丈さ。
試合の前から分かっていた、如何ともし難い能力の差。制作年代による抗えない技術力の違い。そんなものに伽藍が屈したとは、到底思いたくなかった。
伽藍は勝てるはずだった。最後には勝つはずだった。皆そうと信じて疑わなかった。
しかし、試合の展開はやや相手に有利だった。
開幕早々、相手のジャブが数回、ボディにまともに入った。伽藍の衣装の下から、細かな破片が少しだけ、ちらちらとリングに落ちていった。
だが、壊されたのは表面の部分だけ。その証拠に伽藍は表情一つ変えていない。
伽藍は一瞬の遅れも狂いも無く、返す刀でアッパーを繰り出した。
のけぞった相手に対して、前蹴りを顔面に当てる。相手の首が大きく振られるが、素早く元に戻る。
頬にヒビが入るが、それだけ。何と頑丈な機体だろう。伽藍の攻撃をまともに喰らって、ここまで傷らしい傷も負わないとは。
伽藍は流れるように回転し、大技の後ろ回し蹴りを繰り出す。上段突き、中段突き、と迷いなく連続攻撃を仕掛ける。
すべての動作に意味があるから、無駄が無く、美しい。全ての攻撃がほとんど当たっていた。
ほとんど、つまり、完璧ではない。当たりはするが、致命傷は与えられていない。ぎりぎりのところでいなされている。
頑丈な相手のボディに対して、伽藍は決定打に欠けているようにも見えた。
しかし、ここまでで敗北の決定打など見当たらなかった。それ以降も、相手の攻撃は、伽藍にまったく当たっていない。
どれだけ強いボディをもってしても、人間の動作を元に身体を動かしていることに変わりは無いのだから、必ず弱点はある。伽藍なら最適な戦術をはじき出せるはずだ。
突きや蹴りといった直接的な物理攻撃が効きにくければ、投げ技で威力を増す手もある。寝技や関節技で、合理的に相手を封じることもできる。伽藍の戦術は幅広いのだから。
試合から三十五分が経過した瞬間。
伽藍は相手の意表をついて急接近し、組み合った。
素晴らしいスピード。相手はどっしりと構え、投げられないように体勢を作る。
やはり投げ技か。伽藍の左足が、相手の右足の後ろに差し込まれる。上半身は腕ごと後ろに押し、下半身は足を引っかけて前に引く。相手の体勢が崩れた、しかし倒れる寸前で伽藍の右手を掴み妨害する。利き手を取られた。体重移動で動かせるか。いや、相手が技を返す体勢に入る。伽藍の手首が、関節を無視した奇妙な方向に曲げられていく。相手は伽藍の片手を折るつもりだ。
伽藍は一体、どうするのか。
心臓が嫌な音を立てる。
会場全体が、得体の知れない予感じみた恐怖と不安に包まれたその時。
伽藍は、右手の破壊を意にも返さず、左手を伸ばしていた。
相手に?……いや、違う。
一瞬も躊躇うことなく、勢いをつけて、左腕を自身の下腹部に突き立てた。
ユニフォーム、そしてその下の皮膚がはがれ、内部の金属部が露出する。銀色に輝いているボディ。その中から、数本の赤い配線が引き出されたのがわかる。
白いリングの中で、グロテスクなほど鮮烈な赤。赤。
ぐんと伸ばされたそれが思い切り、
引きちぎられる。
瞬間。
音も光も、すべてが消えた。
直後に、激しい閃光。炎。
爆発音、騒音。
画面が揺れる。映像が途切れる。
そして再び光、炎、大きな音、爆発。
カメラが大きく揺れる。
リングには2体の機械闘士だったものたちの破片や身体の部品。
惨めに、汚らしく、恐ろしく広がっている。
悲鳴。悲鳴。大きな揺れ。恐怖。
そこで映像は終わった。
もう一度再生する。
爆発。再生。爆発。再生。もう一度。もう一度。再生。再生。
何処だ? 何処に敗北の一手があった。
分からない。何故伽藍は自爆した。何故勝てなかった。何故、何故。
繰り返す。再生。爆発。再生。爆発
スローモーションで再生。
ゆっくりと時間が流れる。
伽藍の動きはスローにしても美しく、隙が無かった。
伽藍が敗けることなどあり得ない。
分からない。何故。何故。
分からない、分からない。
そうして数えきれないほど映像を繰り返して。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、今までと違う景色が見えた。
時が止まる。音が消える。
何もかもが纏めて吹き飛ぶ直前。
自らの腹に手を突き立てた瞬間、
伽藍は笑った。
笑っていた。
それも、仕事用の愛想の良い笑いではなく、底意地が悪くて、下品なほど凄惨で、それでいていかにも伽藍らしいと思う顔で。
僕は悟った。
伽藍は、選んだのだ。
敗けない為に止む無く選ばされたのではない。
自分が勝つために、これが最適解だと信じて疑わなかったのだ。
伽藍にとっては自らの肉体より存在より何より、試合に勝利すること、それが一番優先すべきことだったのだ。
普通に闘っていては勝てないと考えたのか。元々いつかそうするつもりだったのか。何故この時だったのか。そういうことは、何も分からない。
ただ一つ理解したのは、伽藍にとってここで爆発することは必然だということ。
伽藍がそう意図していたのであれば、やはり伽藍はここで死ぬべきだったのだ。
僕はようやく理解した。
ああ、伽藍だ。
これが伽藍だ。これこそが伽藍だ。
僕は伽藍を知っている。僕はちゃんと知っていた。これが、伽藍なんだ。
僕の知る伽藍のままで、伽藍は死んだのだ。
僕はそれがとても嬉しくて、そして何より辛かった。
僕の持つ全ての機能が、停止してしまいそうなほどだった。
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