第二試合:ボンナヴァン

 2ヶ月ほど経過すると、伽藍の言った通り、試合が再開されるようになった。

 あの騒動を企業がどう収めたのかは知らなかったし、興味も無かった。どうせ、企業がSNSやメディアを買収でもしたのだろう。


 しばらくして、ようやく決定された僕の試合は、人間のスポーツ業界とのタイアップ企画試合だった。

 この国ではそれほど競技人口の多くない、フェンシング。

 その知名度や人気度を上げるため、人間も機械闘士も思い切った取り組みをすることになった。

 試合会場はアリーナではなく老舗の劇場。

 ライトダウンした会場で、ステージだけを色鮮やかな照明で彩る。

 大型スクリーンには剣の軌道を美しく映し出す。

 日本のフェンシング黎明期に実施して好評だった演出を、よりキャパシティの大きな会場で、さらに最新鋭の技術を用いて再び実施するという。


 一日目は人間同士の試合が実施される。

 フェンシングの3種目であるフルーレ、エペ、サーブルのそれぞれでプロの選手が試合を行う。

 ルールは通常の公式試合とほぼ同じだが、一般客向けのエンターテイメント要素がより強い演出や解説を行うらしい。

 そして二日目が、機械闘士の試合だ。

 前代未聞の、フェンシング型同士の闘いとなる。

 前代未聞というのは、同じような剣術、同じような武器を使う機械同士の試合は、マニア向けであることが主な理由だ。

 端的に言えば、多くのファンが望むような派手さや目新しさ、分かりやすい面白さが無いので、機械闘士の試合としては集客が見込めない。

 観客からは、スポーツどころか、ただの余興として受け取られる可能性すらある。

 だが、フェンシングへの注目を上げる、導入としてはまたとない取り組みだ。

 フェンシングの注目度や知名度が上がることは、螺鈿の広報力や集客力が上がることに繋がる。今後の試合のことを考えるのであれば、侮ることはできない取り組みだった。


 加えて、いくら人間には同じ「フェンシング型」として括られる個体とはいえ、機械闘士から見ればその二つの違いは大きい。

 螺鈿は競技フェンシングであるフルーレ、エペをベースに、古典を含む西洋の剣術全体を基本とした個体である。


 一方、相手の機械闘士「ボンナヴァン」はサーブルをベースに、フェンシングの他、日本の剣術もかなり学習しているという情報だった。

 つまり螺鈿の攻撃は刺突が主体となるが、相手の攻撃は主に斬撃が中心になる。

 僕としては、油断ならない難しい相手で、面白い試合ができそうだと思う。


 加えて、スポーツの宣伝らしくするため、剣のみの攻撃に限るという特別ルール付きだ。体当たりや殴打など、身体同士の過度な接触は認められない。

 伽藍が聞いたら鼻で笑うかもしれないルールだ。

 だが、僕は偶にはこんな試合も悪くないと思う。

 純粋な剣術のみで闘うのであれば、初期設定の個体能力差以上に、剣を操る巧緻性の練度や緻密な戦術が効いてくる。

 多くの観客は荒々しく全力をぶつけ合うような試合を望むが、僕はそういう、静かに燃える炎のような試合の方が好みだった。

 螺鈿自体が、そういう適性を期待して制作されたからかもしれなかった。



 毎日ボディと剣の調整を繰り返し、対戦相手の過去の試合データを学習し、戦術を立てる。人間のフェンシング選手の動作を学習し螺鈿の身体で再現する。

 僕は、余計なことを考えずに、試合に集中するつもりだった。

 そうでなければ勝てない。

 試合はそれほど甘くない。当然のことだ。

 それが分かっていたにも関わらず、ラーニングやチューニングの合間には、僕はいつも例の事件のことを考えていた。


 どれほど考えても、僕が導き出せる結論は同じだった。

 僕にできることは、決定された試合に出場し勝つことだけ。

 伽藍の言う通り、それだけが僕の、機械闘士の存在意義だった。

 それでも、考え続けることが、真実を知ってしまった僕の責任だと思った。

 世間が事件を忘れても、門沢の娘や他の被害者たちは事件を忘れず、機械闘士や試合のことを憎んだままだろう。

 何故か僕も、試合を憎み苦しむ人間のことを覚えておく必要があると思った。試合を見て凶行に走る人間の存在も。


 考えることで何かが変わるとは思えなかった。

 ただ、誰かの思考の模倣ではなく、僕自身が考え理解し、自分の「意志」を生み出したいと思った。そのためにはずいぶん時間が必要だった。

 僕は、1を10や100に増やすことはできる。でも、0を1にすることが苦手だ。

 伽藍も人間も、簡単にそれをやる。

 僕にはそれが難しいことだと理解していた。それを嫌だと思ったこともある。


 だが、僕はそれでいいのだと今は思える。

 そうやって作られたのが螺鈿だった。



 


 薄暗い室内に、唯一白く光る長方形があった。

 僕は、その細長いステージの上を一歩ずつ歩いていく。

 足元の強烈な目映い光に、目が眩みそうだった。

 だが、僕の瞳は生物のそれとは違うので、どれだけ明るくても、暗くても、相手の姿がよく見える。

 普段は正方形か円形のリングで闘うことがほとんどなので、今日のステージは新鮮に感じる。


 本来フェンシングは長方形のピストで試合を行う種目だ。

 その特性上、左右への横移動よりも、前後の縦移動の方が得意な傾向がある。

 だから、フェンシングをベースとして学習してきた螺鈿にとっては、最も適した舞台といえるだろう。

 しかし、それは相手も同じことだった。 


 会場は、水を打ったような静けさに包まれていた。

 歓声や悲鳴の五月蠅い普段の試合とは趣が異なっているのは、機械闘士のファン以外の客層が多いからだろうか。

 試合に慣れていないような緊張感が、空気から伝わってくる。

 静けさには僕も少し戸惑いを感じるが、まあどうでも良いことだった。


 ステージの横には、人間の試合用の審判機がステージ横に置かれている。

 機械闘士の試合には不要の代物だが、この機械にも、フェンシングらしさを出すという業務があるのだ。

 僕たち機械は全て、自分の使命を全うすることが唯一絶対の存在理由である。


 僕は敬意を表して、剣のガードに唇を寄せる。

 そして審判機、観客、そして対戦相手のそれぞれに剣先を向け挨拶をした。

 相手もまったく同じ動きをした。

 僕とよく似た白銀のユニフォームと、長く細い剣。


 僕の使命は試合に勝つことだ。

 勝たなければ、機械闘士ではいられない。勝たなければならない。

 そういう思考に突き動かされ、僕も相手もここへ立つ。


 今、ここに存在しているのは僕と、対戦相手だけ。


 試合開始のブザーが鳴る。

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