第二試合:勝敗

 僕はブザーと同時に、一歩踏み出した。相手も同様に踏み出している。

 攻撃の優先権を奪い合う、競技フェンシングの動きの名残か。

 いや、剣闘士にとって、最初の一歩は、相手を威圧し、自身を鼓舞するための一歩だ。

 今この一歩から既に頭脳戦は始まっている。


 人間の競技試合と、僕らの試合は違う。

 いくらフェンシングらしく演出したところで、僕らがるのは機械同士の壊し合い。

 戦闘不能になるまで相手を突き壊すことしか考えていない。



 僕はすぐ、相手に仕掛けることを決めた。

 斬撃よりも刺突の方が、遠くの間合いからの攻撃が可能だ。

 胴体を狙って大きく踏み出す。

 人間であれば心臓がある部分。機械闘士にも、「心臓」と呼ばれる、動力源のモーターがある重要部分だ。


 相手は咄嗟に剣を振る。引っかかった。円を描くように剣先を滑らし、右肩を狙う。単純なフェイントだが効果的。

 しかし相手は大きく後ろに跳んで避ける。

 そのまま勢いを殺さず地面を蹴り、逆に一気に間合いを詰める。素晴らしい脚力だ。


 剣が頭上から振り下ろされる。僕は細いステージぎりぎりまで左に跳んで避けた。剣が風を切る音が聞こえる。一度でも当たればかなりの痛手になる、強烈なパワーがあった。

 左右移動で身体がブレると踏んだか、相手はさらに攻め込んでくる。


 だが、僕も伊達に正方形フィールドで闘ってきていない。横移動でも体勢を崩さず、相手の剣先を自分の剣先で巻くようにして、攻撃の勢いを殺す。返す刀で突き返す。相手も僕の剣を叩いて軌道を逸らす。

 金属同士がぶつかる、甲高く乾いた音が何度も響いた。

 この試合、相手の剣先を支配したものが勝利する。


 直感的にそう思った僕は、瞬時に戦術を構築する。

 騙して思い通りに動かす。もしくは速さで圧倒して反応させる。どちらが適切か。

 剣速にそれほど差はない。脚力や腕力は相手の圧倒的優位。攻撃への反応速度を見ても、単純な基礎体力頼りの攻撃は避けられるだろう。

 であれば、やはりフェイントか。頭脳戦は螺鈿の得意分野だ。

 しかし同じフェンシング型なら、相手もフェイントは熟知しているはずだ。簡単には行かない。



 思考中に突然、相手が巨人のように大きくなった。

 錯覚ではない、思い切り踏み込んで距離を詰めてきたのだ。

 なんと、一回の踏み込みでここまで近く! サーブル型らしい強烈な脚力だ。


 間髪入れず剣で受け止めるが、弾き返せない。正面からぶつかるのは不味い、明らかに圧し負ける。

 頭上高くから振り下ろされた分、かなり重い一撃だった。頭を狙う軌道は逸らした、だが右肩に剣先が掠る。

 ユニフォーム、そしてその下の皮膚が破け、内部の機械部分が僅かに露出した。細かな金属片が飛び散る。観客の悲鳴。この程度で。剣を持つ右手と、動くための両足が無事なら何も問題はないというのに。


 とはいえ、掠っただけでこの威力。そう何度も貰っていては直に戦闘不能の判断が下る。

 どうする。間合いを取りながら、互いの手を読み合う。

 剣と剣が僅かに触れ合う度に、何かが壊れるような擦れた音がきこえる。


 相手は剣さばきが大きく、軌道の予測は可能だ。しかし速度が速いので、予測できたところで対応が間に合わない。やはり攻撃させる前に此方から仕掛ける方が得策か。

 狙うならば……やはり脚。まずは、厄介な機動力を奪う。


 サーブルは足への攻撃を想定していない。

 元々は馬上での剣術がルーツであり、有効面は上半身のみとされているからだ。

 一方、エペは指先から足裏まで全身が有効面となる種目。決闘がルーツのため、どこであろうと相手の身体に当てれば勝ち。機械闘士向きの良いルールだ。


 もちろん、その特性は相手も熟知し対策しているだろう。

 しかし、試合においては、僅かな不慣れさ、一瞬の隙が勝敗を決める。

 カバーするためのその他の技術をいくらラーニングしているとはいえ、相手の戦術の中心はサーブルである。

 自分にとって最も親和性のある技術の特性を活かそうとするのであれば、尚更、完璧に弱点を覆うことは難しくなるだろう。


 戦術は決まった。

 最初は、フルーレ仕込みの精密な動きで相手を翻弄する。

 剣先は上寄りに、真っ直ぐ目を狙うように見せて圧力を掛ける。

 螺鈿の十八番のフェイントだ。

 だが、それでも相手は警戒しないわけにはいかない。


 人間と同様、どの機械闘士にとっても目は急所となる。相手は防御のため、自然と腕が上がっていく。こちらも飽くまで自然に、けれど躊躇なく一気に急所を狙う様子を見せる。

 パワーでは負けても、動きの素早さ、精密さでは螺鈿は劣らない。相手もそれが分かっているはずだ。

 何が有ろうと必ず狙った場所に剣を刺してくる相手だと。


 腕を伸ばす。相手は思わず守りに入る。剣と腕を上げて防御し、地面を蹴って間合いを取った。

 その機を逃さず、僕は思い切り腰を下げ、体を伸ばす。剣は一気に下へ。思い切った、ダイナミックな上下移動。相手からは一瞬で、敵が視界から消えたように映るはずだ。

 剣先が相手に急接近する。


 足首は胴体に比べると随分細くて的が小さい。だが決して外しはしない。剣先が狙った場所に吸い込まれていく。

 ユニフォーム、人間の皮膚を模した外皮、内部機器を経て再び外皮、ユニフォーム。すべて貫通した。剣を一気に引き抜く。

 既に相手のカウンターは振り下ろされている。地面を思い切り蹴る。攻撃後は最も防御力が弱まる。地面すれすれを飛ぶようにして避けた。


 直ぐに攻撃体勢に戻り、相手の動きを観察する。足首を貫通されても、何もなかったかのようにじりじりとこちらを狙っている。

 だが、やはり、相手の足の動きに奇妙なブレがある。

 時間にして僅かコンマ数秒の違いだが、先ほどまでとは違い、まるで地面に縫い留められたように遅く動いて見えた。僕の、足首への攻撃が功を奏したのだ。


 ああ、何と楽しいことだろうか! 

 楽しい、美しい、素晴らしい、これが試合だ。

 これが螺鈿の試合だ。

 相手の一番の武器の機動力は狂わされた。僕のたったの一撃で。

 細い剣先が、何もかもを一瞬で粉々に打ち壊すのだ。

 これが螺鈿の試合だ。これが機械闘士の唯一の存在意義だ。

 ああ、なんと素晴らしい。

 次は何をしよう。どうやって壊そうか。

 勝ちたい。勝ちたい。

 全て打ち砕きたい。

 僕は自由だ。

 このピストの上で、何処までも行ける。



 機動力を失った相手は、不自然なほど距離を縮め、接近戦に持ち込んできた。

 激しい剣と剣の打ち合い。フェイントの読み合い。素晴らしい。相手の剣さばきを見れば、エペやフルーレのラーニングもかなり積んでいることがよく分かった。

 それならば、どこまで行けるか。根競べのように、集中力を切らさずに打ち続ける。

 細い剣と剣がぶつかり合う。

 高い音、低い音、鈍い音、けたたましい音。

 まるで音楽を奏でているようだ。リズミカルに、しかし突然リズムを崩して、すぐにそれに合わせていく。

 剣の軌道をモニターに映すと言っていたが、一体どれほどの人間が、即興のジャズ演奏のような、僕らの剣先の動きの美しさを理解できようか。

 やがて、相手の反応が過敏になっていくのが分かる。

 なまじ反応速度が速いゆえに、僕の剣先の動き全てに反応して合わせてしまっている。

 もはや相手の動きの予測ではなく、反射レベルで避けている状態だ。人間の試合であれば、もう何度もフェイントが決まっているだろう。


 相手もそれに気づいた。接近戦を振り切り、自身の得意なサーブルの間合いに戻ろうとする。


 ああ、ここだ。


 僕は離れた間合いから、一気に相手に向かって飛び込む。

 踏み込むのではなく、剣を伸ばして走りぬけるように。

 相手は剣でガードしようとする。しかし、勢いのままに行けば、相手の剣がぶつかってももう、軌道は変わりはしない。

 ただ真っすぐ、狙った場所へ、突き抜けるように。

 剣先が相手の左胸に吸い込まれていく。

 皮膚を裂いて、人間と同じ位置にある動力源に剣先が届く。

 そのままずっと先へ。剣の半分以上が貫通した。

 機械の危険を示すような金属音。

 相手が自分の胸元を貫く剣を見、そして僕の顔を見た。

 相手も理解したと分かる。フレッシュだ。

 サーブルでは禁止されている技だから、対処が遅れると踏んで使った。事実、僕の思惑通りとなった。


 剣を抜けば、相手は立っているのもやっとという様子で、よろよろと数歩よろめいた。

 がんがんと熱を持っていた僕の内部機械が、一気にクールダウンしていくのがわかる。

 冷静であれ。気を抜かなければ、おそらく僕が勝つ。

 僕はこれから、彼に止めを刺さなければならない。

 試合のリアルさを追求した結果、機械闘士は人間と同様に、弱点である「心臓」を突かれたり、首を斬られたりすると、急激な弱体化が起き、強制的にシャットダウンするように制作するというルールが設定されていた。


 まだ「試合」と呼ばれることさえなかった以前と同じように、壊れるまで闘うというルールは残っているのに。僕たちは機械闘士なのに。

 死ぬ直前の人間と同じように、最後は見えない何かによって力を奪われる。

 闘えない相手でも、壊さなければ試合は終われない。

 一突きで終わらせきれなかったことを、少し申し訳なくもつまらなくも思う。


 相手の首に向かって踏み込む。

 再び、貫通。

 首が地面にごろりと転がって、数秒遅れて残りの胴体も地面に倒れ伏した。

 けたたましく濁った音のブザーが鳴り響く。

 戦闘不能、勝敗決定の合図だ。これで、試合が終わった。


 ああ、僕が勝ったんだ。

 安堵と興奮が、指先から足先まで僕の体を覆っていく。

 いつもよりも少しだけ控えめな歓声と、割れんばかりの拍手が聞こえる。

 大画面のモニターからはファンファーレのような仰々しい音楽が流れ、最後のフレッシュが繰り返し上映されていた。

 僕は剣のガードに再び唇を寄せ、剣先を観客に向けて手を伸ばす。何度も何度も挨拶をした。

 壊れて物言わぬ彼にも、じっと黙っている審判機にも。

 僕が勝った。勝ったんだ。

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