テレビ
そういえば、門沢に、試合が設定されなくなった理由について聞こうと思っていたのだが、機会を逃してしまった。
最近は、試合だけでなく、広報などその他の仕事も目に見えて減少し始めた。メンテナンスも行われなくなったので、妙に暇である。
伽藍は、今までの経験上、こういう時は大抵企業にとって何か良くないことが起きているのだと言っていた。
不景気の影響かもしれないし、上層部の社員の汚職や不倫が起きたのかもしれない。ありそうな話だった。
しかし、情報が無ければ事実は分からない。人間のそのような事情など、考えたところで意味が無いだろう。
であれば、いつもと同じで、余暇には趣味の時間を過ごす方が有意義だと判断した。
いつも通り、読書をする。
最近は、本棚の本をすべて読むのではなく、一回につき5冊と決めた。伽藍に聞いた、自分の中にある「気分」や「意志」というものを意識し、努力して5冊を選択するようにしている。
その本も、それほど時間が掛からずに読み終わった。
まだ時間があって仕方がないので、僕は次の趣味のため、閲覧室に向かった。
閲覧室は、さまざまな機械闘士の、膨大な数の試合動画が見られる資料室のような場所だ。
特に、当企業に所属する機械闘士、つまり螺鈿と伽藍の公式試合は、すべてアーカイブ化されている。
時々ここへ来ては、伽藍の試合を見ることが読書に次ぐ僕の趣味だった。
伽藍の試合は素晴らしい。
試合を見れば、伽藍が他の機械闘士とはまったく違う、特別な存在なのだということがよく分かる。
伽藍の試合は、特に僕の試合のラーニングのために見ている訳ではない。
ただただ素晴らしく、見ていて良い気持ちになるので見ている。
これこそまさに、「趣味」と言って差し支えないものだろう。
動画視聴用のタブレットは7つほど備え付けられているが、いつもこの部屋には僕一人しかいなかった。
立派な設備があるのに、社員たちにはそれほど人気が無いらしい。
タブレットたちは、今の僕と同じように、業務がなく暇そうだ。
部屋にはタブレットの他にも、暇そうなテーブルとイスがいくつか、そして、大きなテレビも備え付けられている。
テレビはいつも、企業による機械闘士のプロモーションビデオを上映していた。
光輝く眩しいリングで、拳を突き上げる伽藍。
歓声に包まれている美しい姿。決め技や多彩な表情が大きく映し出される。長い金髪と、赤の試合着の残像のコントラスト。華やかな伽藍は、まさしく主役に相応しい。
螺鈿の映像も少しだけ。
暗闇に、白銀のユニフォームが浮かび上がる。赤いランプが光る細長いリングは、かつて劇場で行われたという、画期的なフェンシングの試合を模したものだ。
これは実際の試合ではなく、プロモーション用に撮影した映像だった。
剣と剣のぶつかり合う、わざとらしく甲高い音が聞こえる。
これといった内容はない、数種類の動画が再生されると、再び最初から同じ順番で再生される。そうやって、テレビはいつもつけられたままであった。
誰も見ていないのに、無意味に、繰り返し。
だが、これも大切な業務なのだろう。
この部屋におけるテレビの業務は、人に何かを見せることではない。何かを映し出しておくことこそが、一番の業務であるのだ。
テレビのその業務について僕はよく理解しているつもりだ。僕は、業務を全うするすべての機械に敬意を持っている。
しかし、伽藍の動画を集中して見るためには、今日はテレビの音声が大きすぎた。
僕の知らない間に、人間がこの部屋に来て、ボリュームを上げたのかもしれない。
申し訳ないが、僕はテレビのリモコンを手にし、音量を下げることにした。
機械が機械を操作するなんて、おかしなものだ。そんなことを考えていたら、僕は誤って、音量ボタンの隣のチャンネル変更ボタンを押してしまっていた。
やはり僕は機械なのだから、他の機械に命令を下すなんてことには慣れていないのだ。
不自然なほど輝いて、均整の取れた映像が一瞬で消える。代わりに、地上波の荒く生々しい現実の世界が、画面に映し出された。
『逮捕された容疑者の供述によりますと、容疑者は、機械闘士の試合を見たことがきっかけで、このような凶行に及んだそうです。容疑者の自宅からは、大量の試合映像やグッズが押収されました。スマートフォンやPCの検索履歴も、機械闘士に関するものばかりだそうです』
『以前より、試合の映像が青少年に与える影響について懸念する声はありました。機械闘士はロボットとはいえ、見た目はほとんど人間にしか見えませんから。試合は非常に残酷で暴力的な映像刺激になります。現時点ではスポーツや格闘技、娯楽の一環として取り扱われていますが、何らかの規制を考える必要はあるのではないでしょうか』
『しかし、機械闘士にはコアなファンが多いことも事実です。規制への反発も強いでしょうね。現に、規制派と規制反対派がSNS上で過激な討論を……』
リモコンを持ったまま、硬直した。
何だ、これは。
わからない。
わかりたくもない。
けれど、僕はすでに理解してしまっていた。
門沢の娘の話。
試合が無い理由。
これらは、繋がっていた。
僕は閲覧室を出た。足早に階段を上がって、地上2階に向かう。
途中、すれ違う人間たちが驚いたように道を空けた。
しかし話しかけてくるものは誰もいない。
そう、あんな風に業務外のことで僕と交流を持とうとする人間は、門沢くらいしかいない。だから今も、門沢のところへ行く必要があった。
2階のスタッフルームでは、数人の社員が談笑していた。昼食とかいう、非効率な動力源を摂取するための人間の時間だ。
人間たちは、突然僕が入ってきてぎょっとしているようだ。僕はこの部屋に入ったことは一度もなかったので当然かもしれない。
僕は、ひとりでもそもそと弁当を食べていた門沢のところに一直線に向かう。
「話がある」
門沢は呆けたように、箸から米粒をひとつ、ぽろりと落とした。
しかしすぐに何かを察したように頷くと、弁当の蓋を閉め、立ち上がった。
「向こうの部屋を借りよう」
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