機械闘士とは

 およそ三分程度だろうか。伽藍との試合をシミュレーションするなどといった、何にもならないことを思考してオイルを売った後に、僕はその場を後にした。

 

 くすんだ緑と灰色の、窓が無くて薄暗い廊下を歩く。

 その先には、眩しいほど白い光が零れて見える。

 その光は太陽光ではなく、広い部屋から、漏れ出しているLED電球の光だ。

 廊下の突き当りの広い部屋の中には、沢山の機械と人間。

 全員が音を立てながら、あわただしく動き回っている。これらは、みんな僕や伽藍の整備のために集められ、仕事をしているものたちだ。

 もしかしたら、僕の新しい剣の制作を行っているのではないかと思い、僕は再び動揺した。


 ガラス越しに室内の様子を伺っていて、ふと気づいた。ガラスに、反射した自身の姿が映っている。

 黒く柔らかい髪。185㎝の身長。その半分以上が脚部であり、総合して細身だが筋肉質な体格。鼻筋が通った小さな顔。均整の取れた眉と口。目は切れ長で、名前の由来ともなる、青と緑が入り混じった瞳が埋め込まれている。

 パーツは人間とまったく同じ。その一方で、人間と比較すると、際立って美しく、人間離れして見える。全て、人間により美を追求され、計算しつくされたデザインだった。


 これが、機械闘士きかいとうし螺鈿らでん」。そう決まっている。


 こんなにも人間に似せて制作する一方で、何故人間ではないとすぐに分かるほど際立った容姿に決定されたのか、僕には理解できない。

 僕の身体は全て、皮膚も瞳も、爪や髪の毛一本に至るまで、この世界に存在するあらゆる無機物を組み合わせて制作された。

 他の生物とは違い、有機物は一切使用されていない。

 そして体内には、内臓の代わりに、数えきれないほど多くの精密な機械が作動している。

 つまり、僕は機械だ。

 アンドロイド、ロボット等の名称が使用されることもある。

 どんな機械も、制作される際に明確な「目的」を持つが、僕も同様に、生まれた時から唯一絶対の「目的」があった。


 僕は、「機械闘士」だ。


 機械同士の暴力、壊し合いが娯楽として消費される世界で。機械闘士「螺鈿」は、闘うために生まれた。

 「試合」をして、同じ「機械闘士」たちと、壊れるまで闘い続ける。それが、機械闘士の存在する理由だ。


 試合において、機械闘士は、相手を戦闘動作不能の状態にすることで勝利となる。

 僕のような剣を使用する闘士にとっては、相手の首を斬り落とすことが一番手っ取り早い。


 最新技術の粋を集めて制作された機械闘士の姿を見ることで、人間は科学技術の進歩に興奮し、拍手喝采する。

 その機械闘士が、人間同士の戦闘では決して見ることのできない、美しい身体を超人的な力で破壊し合う姿を見て、人間は日常生活で必死に抑え込んでいた野蛮な衝動を解放、昇華させ、熱狂する。


 つまり僕は、人間の欲求のために生まれた機械であり、そして、道具である。

 分かり切ったその結論を導き出し、確認する。

 その通りだ。そのはずだ。そのはずなのに。暇さえあれば、この思考プロセスを何度も何度も繰り返している。それなのに。


 僕は一体、何なのか。


 その問いが頭から離れず、考えることを止められない。

 僕は、この世界にある他の機械とまったく変わらないはずだった。

 例えば、すぐ近くの部屋で使用されているであろう掃除機や、時計や、スマートフォン……

 彼らは自分の目的を理解し、実直に仕事を完璧にこなしているというのに。

 僕は試合に勝つこともできず、答えの分かり切った問いを思考し続けているなんて。

 愕然とする。

 彼らと僕は、なぜこんなにも違うのか。

 一体どこに、自分の生まれた目的に疑問を持ち、自分という存在について考える「機械」がいるというのだろう。



「やあ」

 堂々巡りになっている思考が、突然中断された。声のした方を振り返る。

 僕に声を掛けたのは、門沢だった。

 門沢は人間の成人男性で、中間管理職と呼ばれる職務についている。螺鈿や伽藍の整備を担当するチームの責任者だった。

 僕が知る数少ない人間の中では、門沢がもっとも話した回数と時間が多い人間だった。

 そして、声を掛けて来るのはいつも門沢で、僕から声を掛けたことは一度も無い。


「何を見ていたのかな」

「ガラスに映っている自分の姿を見ていた」

「まさか、自分に見とれていたわけじゃないよね? 君は格好いいからな」

 そう言うと、門沢は快活に僕に笑いかける。


 人間は、人に笑いかけた時に、相手に笑いかけてほしいと思う。乳児でさえそうする。僕はそれを知識として理解していた。

 だが、僕にはそれがうまくできない。

 知識としてそのことが分かっていても、どうしてよいのか分からなくなってしまう。僕は、瞬時に表情を動かすことも苦手だった。

 それなのに多くの人間は、僕に微笑みかけ、僕を人間と同じような「心あるもの」として扱おうとする。門沢はその最たる例だった。

 人間がこんな風に僕に接するから、僕は余計に自分の存在に疑問を抱いてしまっているのかもしれない。そう考えるのは他責的すぎるだろうか。


「僕は一体、何なのかと考えていた」

「それは難しい問題だなあ……誰だよ、哲学や心理学なんて君に教えたのは」

「哲学、心理学等の学問の基礎は、最初から人間の基礎知識として学習されている」


 僕は戦うために生まれた。これは自明のことである。

 一方で、人間は機械闘士に、人間と会話できる程度の、一般教養といえる程度の知識を学習させることを強く望んだ。

 しかし、ただ知識を持たせるだけでは、人間は満足しなかった。人間は、より「人間らしい」といわれる代物を作ることに執心していた。

 僕をより「人間らしく」したい人間たちは、僕に芸術や文学、哲学、心理学や社会学を学ばせることを強く望んだ。

 近年の人間は、人文科学を理解する能力こそが、従来のアンドロイドに足りないものであり、その能力を身に着けさせることで、さらに機械が人間らしくなると信じているらしかった。

 社会の主流は、合理的、効率的、論理的なロボットの大量生産であることに変りはない。

 一方で、一部の人間はその何倍もの資金や時間を消費して、より主観的で、非合理的で、感情的な、特定の芸術や文化を愛する、人間らしい「何か」を作ろうと試みていた。

 その過程で生まれたのが、僕や伽藍だ。


「だが、貴方たちが僕に持ってくる本の多くは、人の心理に関する専門書や、主人公が自身の存在意義について葛藤する小説がほとんどだ。貴方たちは、僕が自分自身について考えることを望んでいるのではないか」

 門沢は、苦笑しながら僕から目を逸らした。

「君の本は毎回違う社員が選んでいるはずなんだが……でも、分かるなあ。君はどこか、上流階級の悩める文学青年、という感じがするから。近代文学なんかを読んでいると様になるんだよ」

 門沢は一人、うんうんと納得するように頷いた。

「何故貴方たちは、僕が人間のように振る舞い考えることを望むのか」

 僕は、様々な人間と話す機会があれば、決まってこの質問をしていた。門沢にも何回もした。

 門沢は毎回、違う答えをするが、どれも僕が納得できるものではなかった。

「それは、当然だろう? 私たちは皆、アニメの人型や猫型のロボットに憧れて、この仕事を始めたんだから」

「猫型ロボットの本質は、人間のように思考することなのか。様々な道具を駆使して人間を支援することではないのか?」

「それは……どっちも大切な要素だと思うよ。人間の友達でいて、助けてあげるのが、猫型ロボットの仕事だから」

「彼のような対人支援の仕事は、僕には求められていない」

「……それは、そうかもしれないけど。でも今、君とこうやって話せることが、私たちにとってはとても嬉しいことなんだよ」

「理解しがたい。僕は、闘うために作られたのに」

 僕が自分に言い聞かせるようにそう言うと、門沢はいかにも寂しいという顔をした。

 門沢は、螺鈿に抱いている何らかの理想像と離れた振る舞いを僕がする度に、このような表情をする。

 要するに、勝手に理想化して、勝手に失望するということだ。これは門沢一人に限った話ではなく、人間全体に共通する態度であった。

「猫型の彼は、自分の存在意義に疑問を持たず、自分のやるべき仕事を全うしている。それこそが機械としてあるべき姿だ」

 人型ロボットや猫型ロボットが出てくる文学作品も、本棚にはいくつかあった。

 少しも迷わずに自身の使命を全うする彼らの姿は、僕の目には非常に眩しく思えた。

 彼らと僕では、どこが違うのだろうか。僕は何故、彼らのようになれないのだろうか。

 僕だって、自分が為すべき仕事も、自分が作られた目的も十分に理解している。

 それなのに、僕は何を迷っているのだろうか。なぜ迷ってしまうのだろうか。


「悩んでいる様子だね。やはり、この前の試合のことかな? 剣のことは残念だったが……次はもっと素晴らしい剣を制作するから、安心してくれよ」

 胸がざわめく。新しい剣。次の試合。

「次の試合はきっと勝てるさ。何か悩みがあるなら、誰でも良いから話してみると良い。君には伽藍という最強の先輩がいるんだからね。もちろん、私でも良いよ」

「伽藍が、親身に悩み相談に乗ってくれるとは到底思えないが」

「それは、まあ……そうだね……」

 門沢は再び目を逸らし、指で頬をかいた。

 伽藍の物言いのきつさ、意地の悪さは門沢も十分すぎるほどよく知っていた。

「それでも、きっと君には優しいところもあるんだろう? 君たちは師弟、姉弟のようなものだし。よく二人で話しているじゃないか」

 もし僕と螺鈿が二人で話している姿を見て、本気でそう思っているのならば、僕は門沢の目の状況を説明する際に「節穴」や「ネジの入っていないネジ穴」、「折れた剣」、「鉄くず以下」などといった言葉を使わざるを得ない。

 とはいえ、門沢が僕を心配してそのような話をしてきたことは理解できた。

 心配されたのであれば、お礼を言うことが礼儀として必要だと僕は知っている。

 そのため、僕が門沢に律儀に「ありがとう」と言い頭を下げると、門沢は妙に誇らしげな様子で僕の肩を軽く叩いた。

「実は最近、私の娘も伽藍と友達になったみたいなんだ。だから、伽藍も最近は少し丸くなってきているはずだよ」

 門沢はお得意の、さして面白くもない冗談を残して仕事に戻って行った。

 人間は驚くほど安易に、「兄弟」や「姉妹」、「友人」、「師弟」などという言葉を使用する。

 僕と伽藍が、そういった人間同士の親密な関係性と、同じものを持っているとはまったく思えない。

 加えて、伽藍が人間と「友達」になるなんてことも、同じくらいありえないことだった。門沢は、伽藍が彼の娘と商業用の笑顔を浮かべて当たり障りのない会話を行っているところを見て、喜んでそんなことを言いふらしているのに違いない。

 まったく、滑稽なことだ。

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