第42話

 包丁を振りかぶった村娘と、対峙するゴブリンさん。

 オーガ娘も思うところがあるのだろう、心配そう(当社比)に見守るだけで手を出す様子はなかった。


 誰もが固唾を飲んで、その結末を見守る中で村娘が包丁を振り下ろす。

 ゴブリンさんは避けるでもなく、己の腕でそれを受け止めた。


 ブシュッという音と共に腕から血が噴き出し、村娘の頬にも幾滴かそれが飛ぶ。己で包丁を振り下ろしておきながら、村娘はその感触にどこか茫然とした顔をしていた。

 ゴブリンさんの腕からはぼたぼたと絶えず血が流れ出ており、苦痛に表情が歪んでいるが彼は一歩も引くことなく、包丁を握る村娘の手にそっともう片方の手を伸ばした。


「村娘、傷つク……オデ、知ッテた。それデも、気持チには、応エラれナい。オデが好キナのハ、オーガ娘ちゃんだカラ」


「……ゴブリンさん……」


 相変わらず言動が男前だと盗賊男は思ったが口にはしなかった。空気は読める方である。色々と残念な彼ではあるが、それ相応に能力と順応性と危機察知能力は高いのだ。

 特になぜか知らないが自称ゴブリンさんの親友マブダチな彼はこの光景をしっかりと目に焼き付けて、今後の自分の糧にしようと余念がない。


 そんな残念な仲間をカマドウマパイセンを見るのと同じようなまなざしで女戦士が見ていたことは秘密である。

 なお、パイセンは誰も見ていないこの隙にと蟻が必死に遠くで落として来たのでその所在はようとして知れない。


「でも……でもっ! ゴブリンさんが、受け入れてくれないならアタシ……アタシは、どこに行ったらいいの……?」


 そっと包丁の柄から離された彼女の手は、震えていた。

 ゴブリンさんへの恋情は本物だろう。同時に彼女は寄る辺が必要だったのだ。

 救ってくれたゴブリンさんヒーローと結ばれて、村娘は(ゴブリン村で)いつまでもいつまでも心穏やかに暮らしました。めでたしめでたし……となることが一番彼女にとって都合の良い結末だったに違いない。


 人間なのだから、人間の元へ帰るべきだ。

 辛かったら戻っておいで。


 そんな風に言ってくれるゴブリンたちに甘えて辛い気持ちを癒して拒否して居座って、それでも許してくれる彼らの『家族』になりたかった。

 村娘のその言葉と慟哭にゴブリン村の住人たちが何と言っていいのかわからない顔をしている。多分。

 悲壮な空気の中で、村長が動く。


「村娘」


「……おじ様……」


「お前、生きル、村歓迎、ゴブ。逃げる、ダメ」


「……逃げる……」


「村人ナル、良いゴブ。でも、逃げルため、ダメゴブ」


 本当は彼女にもわかっていたのだろう。

 恋を押し付けた所で実るわけでもなく、必死に訴えた所でただ祝福するべきで。

 受け入れてもらえているのにどこかで自分がよそ者だと思っていたから、繋がりが欲しくて余計に必死だったのだろうと。


 けれどそれを知っているとゴブリンシャーマンは告げる。

 その上で、すべてから逃げるためではなく自分の意志で選びなさいと告げているのだ。


「親父さん、かっけぇけどかっこつかねえな……!!」


 男戦士が残念そうに呟いたが反論はなかった。

 なぜなら顔半分腫らしたゴブリンシャーマンは絶対奥さんレディオークを怒らせた後だからだ。


「でもアタシは一人じゃ生きていけない……! 愛する家族が欲しいんです!!」


「グ、ゴォゥ!」


 そこにずいっと割って入ったのはオーガ父である。

 その迫力にびくっとするものの、村娘は気丈に顔を上げて真っ向からオーガ父の視線を受け止めた。

 口が裂けるかのような形に彼女の肩がカタカタ震えるが、違うと冒険者たちは声を大にして言いたい。食われるって思ってるかもしれない村娘ちゃんに全力で伝えたいこの思い。


 あれ! オーガ父! 超優しい笑顔(当社比)してるから!!


「ぐーぉーおおーうー」


「え?」


「おー、ぐ、ぐ、オォォ」


 ちょっと戦闘時に比べると猫なで声かなっていう声音に村娘が首を傾げる。

 そんなオーガ父の後ろから、オーガ兄が今度は歩み寄ってきて、父の肩を叩いたかと思うと険しい顔を見せていた。

 今度こそ何事かと身構えた冒険者たちをよそに、周囲はなんだか楽しそうにそわそわしているではないか。


「え、まさか、これ」


 ちなみにゴブリンさん?

 とっくの昔に後ろに下がって包丁で刺されたところをオーガ娘ちゃんに献身的に手当てされてデレデレである。爆ぜろ。


「村娘ぢゃん……聞いでほじい……ずっど、ギミが……好ぎでじだ……!」


「「「「えっ、ええええええええぇぇぇ!?」」」」


 叫び声をあげたのは冒険者たちだけだ。

 周囲はまだそわそわしている。


「ギミが、ゴブリンざんを、好いでいるごどぁ……知っでだ……」


 要約するとこうだ。

 ゴブリンさんに惚れている村娘を横からかっさらうような真似はしたくなかった。

 妹と友人が結ばれる日は遠くないだろうし、その時村娘は失恋からしばらくは落ち込むだろう。だからといってそこにつけこむような真似はしたくなかったし、心の傷が癒えるまで待ってから想いを告げるつもりであったという。


 だが、今この事態を前にオーガ兄は思ったのだ。


「ギミが、ごごまで……おいづめられでぇ、いだの……知らなぐでぇ……」


「オーガさん……」


「色々言っだけどぉ、臆病で言い出せなかっだんだぁ……許じでぐれぇ。今ずぐじゃ、なくでいい……待っでるやづが、いるっで、知っでほじかったんだぁ……」


 たどたどしくも真摯に想いを伝えたオーガ兄が、ぺこりと頭を下げる。

 それらの言葉に、村娘はただ茫洋とそれを見て、ゆるゆると手を顔に当てた。


 見れば彼女の顔が、ほのかに赤らんでいることがわかる。


「あの、あの……アタシ、さっきまでゴブリンさんが好きで、……好きで、今でも好きで。わかってはいたんです、結ばれないって。ゴブリンさんはアタシの事、妹って思ってくれてるって」


「……村娘」


「アタシの方が臆病なんです。みんながちゃんと受け入れてくれてるのに、人間だから、家族じゃなくて実はこれが夢で、本当は食べられちゃうんじゃないか殺されちゃうんじゃないか、でも人間の所に戻ってもまた捨てられるんじゃないかって怖くて」


「村娘ちゃん……」


 彼女の言葉に、冒険者たちも複雑な顔をした。

 彼女は間違いなく、被害者なのだ。被害者として生きていく中で、庇護者を欲した。それがただ恋しい相手だった。報われない話である。


「だから……今はまだ、答えは出せません。でも、お気持ちはとても、……嬉しかったです。ゆっくり考えても良いですか、アタシ……アタシ、ゴブリンさんにもけがを負わせて……」


「気にしナイ。息子、丈夫ゴブっふぁああああ!?」


「フゴー」


 空気を読まないゴブリンシャーマンはレディオークによってアイアンクローで連れ去られて行った。だがそれを引き継ぐというかなかったことにして、ゴブリンさんが前に出る。


「村娘。妹! 大事!」


「ゴブリンさん……」


「オーガ兄、良いヤツ! ゆっくり待ツ、しテくれル!!」


 村娘の目に涙が光る。

 冒険者たちの目にも。


 ああ、太陽がまぶしいなあ、世界はこんなにも輝いて見えるだなんて!

 そうみんなが感動の涙に包まれた瞬間だった。


 ドッオオオオオオ!!

 ……ォォォン……!!


 今まさに和解の抱擁を交わそうとしたゴブリンさんと村娘の前に、何かが降ってきたのである。

 瞬間的に村娘はオーガ兄が引き寄せ、ゴブリンさんはオーガ娘が抱き寄せたために誰にも被害がなかったのが幸いであったが。


「な、何事だぁ……!?」


 持ち直した男戦士が目にしたのは、なんと勇者の鎧である。

 ぎらぎらと輝く鎧から、あのけたたましい声がする。


―― いまこそ! いまこそ! 人間を! 滅ぼし! バランスを! バランススススををををををを ――



「やっべぇなんか変になってない!?」


「と、とりあえず逃げろゴブリンさん!!」


「合点承知!」


「言い方が古風!」


 オーガ娘の手を取って走り出すゴブリンさん、訳が分からずきょとんとしながらついていくオーガ娘。

 それを茫然と見送る村娘や村のみんな。


 そして地上を何らかの不思議な力で走って追ってくる鎧という奇妙な構図の中、冒険者たちは鎧を追った。

 最悪壊して『壊れてました』で町に持って行って報告もありだ。


 そう思ったが追いつけない!


 ゴブリンさんはオーガ娘に抱き上げられた。

 なんだかもう、状況はおかしくて仕方なかった。


 かつての勇者もこんな気持ちだったんだろうか? 多分違うな。


「誰か! 助けロ! くダサい!!」


「追いつけねぇんだからしょうがないだろ!?」


 まだまだ、冒険は終わらない――かもしれない。

 こんな状況だったけど。

 ゴブリンさんとオーガ娘は、楽しそうに笑うのだった。

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ゴブリンさんは助けてほしい! 玉響なつめ @tamayuranatsume

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