エンディングにはまだ早い

第41話

 ゴブリンさん一行は、オーガ娘とオーガ父を伴ってゴブリン村への帰路についていた。

 ダンジョン産の酒はアルコール度数が高く、冒険者たちは皆一様に二日酔いに苦しみつつジャイアントアントの背に揺られて戻ってくる状態というのが何とも締まらない。


 ついでになぜかカマドウマパイセンもジャイアントアントの背に揺られており、乗せている側が微妙な顔をしているような気がしてならなかった。

 蟻だから、正直表情の変化についてはあまりわからないけれども、ギチギチと音を立てているのはパイセンを乗せているジャイアントアントだけであったから、不満なのだろうなあと誰もが思ったものである。口には出さないけど。他の蟻も仲間の方をチラチラと見るが、変われと言われるのは嫌なのだろう。できる限り前を向いている。

 ……ということをみんな知っている。

 乗っているパイセンはご機嫌なのでまるっきり気づいていないのが残念である。


「うぇっぷ……モンスターって二日酔いにならないモンなのか……」


「肝臓も強いんだろうよ……うぇぇっぷ」


 大層情けない姿であるが、この状態の冒険者たちを考慮してゆっくり逗留した後の帰参としなかったのは別に彼らを気遣わなかったわけではない。

 今回、ゴブリンさんとオーガ娘が正式に想いを交わし、結ばれたことによりオーガ父が改めてゴブリン父に挨拶に向かうという大切な儀式が行われるためだ。

 そのことを耳にすればいかに二日酔いでまるで使い物にならない状態であろうと友のために一緒に戻ることを選びたくもなるというもので、そんな彼らの友情にジャイアントアントたちが心打たれこうして運んでくれているというのが現状である。


 ゴブリンさんがオーガ父にボッコボコにされた傷?

 モンスターの回復力を舐めてはいけない。もうほぼほぼ完治である。

 だが彼の顔色は優れない。前を向いて、険しい顔をしている。元々険しい顔をしているが、今はさらに緊張しているのかそりゃもう恐ろしい形相である。


「大丈夫かよゴブリンさん……」


「いやあ、まあ、……ほら……」


「あー、ね……」


「そうですね……」


 もういい加減長い付き合いになりつつある冒険者たちとゴブリンさんの仲である。

 彼が何に思いつめているかくらい、彼らにだってお見通しだ。というか、一つしか思い当たることもないのだ。


 村娘ちゃん。


 その存在である。

 別に彼女が恐ろしい存在かと問われれば、いややっぱり怖い。包丁持ちだしてきそうで恐ろしい。

 ゴブリンさん的には種族が違っても妹のような存在であると認めて彼女もそう思ってくれれば普通に接することもできるというものだが、残念ながら彼女は違う。

 かといってでは想いに応えられず攻撃を仕掛けられたからといって返り討ちにできないというのがゴブリンさんという男なのだ。


 元居た村で居場所を失い、泣き、怯え、心を開き、ゴブリン村で共に暮らしてきた家族同然の村娘。

 包丁は持ち出すし気が付くと実力行使で嫁にしろと詰め寄ったり、ダークマターも製造する村娘。

 

 ゴブリンさんの、オーガ娘への一途な想いを知っても諦めることなく好意を伝え続けた彼女に、彼もまたきちんと向き合い、関係を正さねばならない。

 いや今までもちゃんとしてたんだけどね!

 そうゴブリンさんは主張したいところであるが、折角念願の恋人関係になったオーガ娘ちゃんに不安を覚えさせたくないし、村娘のことだってやっぱり可愛い妹なので理解してもらいたいというところなのだろう。

 そういうところだぞゴブリンさん!


 そう冒険者たちは心の中で思って、互いに目配せする。

 いざとなったら村娘を羽交い絞めにして眠らせ、完全には無理でも暴力的ではない話し合い……もしくは物理的に距離を置くとか、そういうことを試みるのが一番だろう。


 彼らだってゴブリンさんの幸せは願いたいし、村娘ちゃんの一途な想いとやらも理解できるのだ。だがこと色恋沙汰というのは人間同士であってもなかなか難しいし、今回に限って言えば彼女に勝ち目はなかったのだからしょうがないのだ。


「失恋って辛いもんなア~……」


「アンタの場合は相手が多すぎて勝手に恋の花は枯れるんだと思うけどね……」


 めそめそと共感を口にする盗賊男に、女戦士が呆れながら返す。

 だが失恋が辛いという点に関しては、同意らしい。

 女神官も青い顔をしながら頷いて、緩慢な動きで前を指さした。


「見えてきましたよ、ゴブリン村――……」


 どうやらオーガ父が事前に連絡はしていたらしい。

 村の入り口ではゴブリンさんの両親であるゴブリンシャーマンの父ちゃんがなんでか頬を腫らして立っていて、その横でオーク母ちゃん握り拳を何度も振るモーションをしている。

 なにがあった。

 そしてその横では村娘ちゃんがハイライトの消えた眼差しのまま笑顔で手を振っている。単純に怖い。


「……あれどう見てももうお付き合いのこと、耳にしてる感じだな」


「とりあえず親父さんは何があった」


 一行がそれぞれに思考を巡らせている中、先に動いたのは村娘だった。

 ゆらりゆらりと左右に身体ごと揺れる姿は少々幽鬼じみていたが一応表情としては笑顔だし、片手を高く上げて、手を振っているように見えなくもない。

 勿論、目のハイライトはないままだったが。


「え、あれやばくない?」


「いやでも待て、もしかしたら飲み込んだのかもしれんし」


「村娘ちゃんだぞ……?」


「それは少しひどくありませんか」


 冒険者たちが眉を顰めてその動向を見守る中、村娘の様子にゴブリンさんも一歩前に出た。ゆらゆらと揺れながらも村娘が一歩二歩と村からこちらへと歩み寄る姿は、かなり危なっかしい。

 思わずゴブリンさんがその身を案じて前に出ようとしたとしても、誰がそれを咎められようか。


「村娘、危ナい……うぉオオっッ!?」


 あと少しでゴブリンさんの目の前、そんなところで村娘が躓いて転びかけたのを慌ててゴブリンさんが支えに行こうとする。

 その瞬間、ゴブリンさんは大きな声を上げて飛び退ったものだからみんなが呆気にとられた。


 だが、その理由はすぐにわかった。

 ぎらりと光る包丁を、いつの間にか取り出していたらしい村娘が両手で構えていたのだ。


 しかも「ちぃっ……外したか!」なんて歴戦の勇士が言いそうなセリフを口にして、お前いつからそんな暗殺技能を身に着けたの? お兄ちゃん怖いんですけど!? という雰囲気でゴブリンさんが震えあがったとしても仕方ない。

 包丁を構えた村娘は、目に光を取り戻していた。それも今までよりもはるかに強い、力強い光だった。

 

「絶対、次は、外さない」


 静かに、淡々と、それでいて――周囲にいたモンスターにも人間にも、はっきりと聞き取れた彼女の声。

 そこに潜むぞっとするような感覚に、皆が身震いした。

 人はそれを、殺意と呼ぶ。


「貴方を殺してアタシも死ぬのおおおおォォ!!」


「ウワアアアああああアアアァァァァアアア!?」


 ひゅぅんと空気を切る包丁、避けるゴブリンさん、追う村娘。

 自宅まで目と鼻の先でカノジョができたばかりだというのにあまりに辛い仕打ちだと、ゴブリンさんの目には涙が浮かんでいた。

 いや、どこかで『こうなるだろうな』って予想してた。だって村娘だもの。


「くっ……やめロ、ヤメるンだ、村娘!」


「止めません……アタシ、アタシにはゴブリンさんしかいないんだからァァア!!」


 振りかぶられた包丁と、泣き出した村娘にゴブリンさんはさすがに顔を引き締める。

 それまで逃げの一手だった彼も、覚悟を決めたのだろう。


 もう冒険者たちに初めて会った時のように、『助けロくだサイ』とは口にしなかった。

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